ぼくのひかり きみの青空 5

 

 大河は客席で眠りながら舞台の光を感じていた。
さっきからとぎれとぎれに夢を見ている。
その合間に、踊る仲間達を照らす照明が瞼を透かして眩しく映る。
だがそれらの光が徐々に弱くなってきているように感じていた。
照明が落ちてきているのだろうか……。
夢うつつにそんな事を思う。
暗くなった視界のせいで、さっきよりも夢が鮮明に脳裏に映る様になった。
沈み込むように、その世界へと心が引き摺り込まれていく。

 

 

 聖は未だ抱き合っている親子の元へと近づいた。
歩きながら考える。
今から自分がやろうとしている事は単なる偽善にすぎない。
今更こんな事をしても、失ったあの少女は自分を許してはくれないだろう。

 盲目の娘はもう泣き止んでいたが、母親は床に座り込んだまま、まだ嗚咽を続けている。
「そんなに、目が見えるようになりたいのですか……?」
聖は母親を宥めている娘を見下ろした。
「いいえ、もう十分です。家に帰って父さんを手伝わなきゃ……ね、母さん」
あきらめの言葉を口にする娘に対し、母親は首を振ってはらはらと涙を零していた。
彼女はまだ何か娘が快癒する方法があるはずだと、心から信じているように見えた。
実際にはそんな方法はありはしないのに。
泣いたせいで掠れてしまった声で聖に訴える。
「一番田んぼが忙しい時期に旅に出てしまいました。何も結果が得られないのに、とても帰ることなど出来ません!」
絶対に治るから、と、夫を説き伏せ、生業を放り出して旅に出た。
それなのにすべてが無駄だったとしたら、夫は自分を許さない。
このまま帰るぐらいならば死んだ方がまだましだ。
母親はそう訴えて、再び嗚咽を繰り返す。

 聖は話に頷いて、親子の顔を改めてじっと見つめた。
長旅で疲弊し、やせた頬。
日に焼けてはいたが健康的な印象は遠く、
まだらに浅黒い肌が病気のように見えた。
「もう一度青空が見たいと、そうおっしゃいましたね」
「ええ……。でも、もういいんです」
聖は自分の愛した娘が、最後に上空を見上げて微笑んでいた事を思い出していた。
あの娘には、あの時の空がどんなに青く澄んで見えたのだろう。
それなのに今の聖には、空を美しいとなどと感じる事が出来なくなっていた。

 どこを見ても、世界は灰色にくすんで見えた。
空も、大地も、何もかもが彩度を失った焼け野原のように。
何もないからっぽの世界。

 それならば。

 「娘さん、ほんの少しの間でよいのでしたら、目が見えるようにして差し上げられるかもしれません」
聖は彼女の前に座って話しかけた。
「……え?」
「もう一度空を見たいのでしょう?」
「はい……でも……」
困惑したような声を出す少女にやさしく微笑む。
もちろん、彼女には自分の表情など見えないだろうが。
「空を見たいと望むのならば、もう一度あなたが外に行ってそれを見てくる間だけ、ぼくの目を貸して差し上げます」
「え?!」
親子は同時に声を上げた。
「大丈夫です。痛くはありません。多少熱を感じるかもしれないけれど」
「お坊様はそんな事がおできになるのですか?」
母親は涙に濡れた顔を上げた。
「やった事はありませんが、できると思います。ただ、ぼくも旅の途中ですし、まだやらなければならない仕事もあります……」
こんな事をしても、いたずらに少女を悲しませるだけかもしれない。
しかし、もう一度見たいと本心から望むのであれば…。
「見たいものを見たら戻ってきてくれると約束して下さるのでしたら、貸して差し上げます」

 聖の言葉に、娘は戸惑っているようだった。
当然だろう。彼の言葉はとても信じられる物ではなかったし、
もし仮にこの僧侶の言う通り、一時的に目が治っても、またすぐに見えなくなってしまうのだから。
だが母親は身を乗り出して聖の手にしがみ付いた。
「お願いします…!少しの間だけでも…!」
「あなたは?どうなさいますか?」
聖は母親に手を握られたまま娘に問いかけた。
決めるのは彼女だ。
「もう一度…目が見えるようになるんですか…?」
「ええ、おそらく。やってみますか?返って辛い事になるかもしれませんが……」

 躊躇いがちに頷いた娘の瞼に、聖はそっと手を宛がう。
自分よりもずっと若いはずの娘の皮膚は、荒れてかさかさと乾燥していた。
少しだけ力をこめる。
意識を集中すると、手の平に霊力が集まってくるのを感じた。
思えば霊力を使うのも久しぶりだ。
あの日、信長を討ったあの瞬間。
それ以来まったく使用していない。
自分にそんな力があることすら失念していた。
「…熱い…」
娘が声を漏らす。
熱いといったが、おそらくそれは、湯で絞った布を押し当てられたと言った程度の熱の筈だ。
その証拠に、娘は身じろぎ一つせずに大人しくしている。

 聖も目を瞑る。
瞼を閉じる前に、心配そうな母親の姿が見えた。
「大丈夫ですよ。…一瞬眩しく感じるかもしれません」
聖は安心させるように呟いた。
その言葉は、娘と母親、両方に向けたものだった。

 その瞬間、山小屋がパッと明るい光を放った。
その光景を外から見るものはなかったが、
古い建物の老朽化した壁の隙間や窓の格子から、明るく暖かい光が放射状に広がった。
だがそれはほんの一瞬の事だ。
光はすぐに山小屋の中に吸い込まれるように収まって、再び通常の静けさを取り戻す。

 

 母親はあまりのことに呆然としていた。
若い僧侶が目を貸してやる、などと、ありえないことを言い出したが、
そもそもご来光で娘の目が治ると、ありえない噂を信じて此処まで来たのだ。
試してみて損はないと頼んでみたが、
僧侶は本当に、人とは違った力を持っていたようだ。
娘に宛がわれた手の平からじわじわと光が漏れ出してきたかと思うと、
次にはその光が小屋いっぱいに満たされた。
あまりの眩しさに目を閉じたが、それは不快な光ではなかった。
暖かく、やさしく、まるで天上に満ちているという、浄土の光のように思えた。

 

 

次回は聖さんの親切のせいで大河が大変。

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昴さんが大変かもしれない

 

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