ぼくのひかり 君の青空 1

 

 

 星組のメンバーは午前の練習を終え、楽屋へと向かって歩いていた。
「今日やったあの演出、新次郎が考えたんだろう?」
サジータは隣を歩いている昴に声をかける。
「ああ、そう言っていたな…」

 昴と大河が付き合い始めてもう結構な時間が経っていたが、
彼らは一向に冷めた様子がない。
ヒマさえあれば一緒にいたし、お互いの家に泊まりあっているようだった。
だから、大河のことならば昴に、昴のことならば大河に聞けば、大抵的を得た返答が得られる。

 一ヵ月後に迫った今度の公演は、大河が始めて舞台の演出に参加した芝居だった。
驚くほどの斬新さはないが、丁寧に仕上がったそれに、メンバーはみな満足しているようだった。
もちろん、メインの演出家は専門の人物がやっていたが、
いつかは彼が単独で星組の舞台の演出をする日が来るかもしれない。
昴はその事を思うと自然と顔がほころんだ。
普段大河がどれだけ努力しているかを間近で見て知っていたから。
朝は体がなまってしまわないように武芸の稽古を続け、昼間はLLSでの仕事や隊長としての責務。
帰宅してからは本を山積みにして舞台の勉強をしていた。
「新次郎も練習見に来れば良かったのに…」
ジェミニは頭の後ろで手を組んで残念そうに言った。
彼は今サニーサイドの書類仕事を無理やり手伝わされて、
楽屋で一人で奮闘しているはずだった。

 メンバーが楽屋に入ると、噂の大河新次郎がソファに横になっていた。
「まあ、大河さんったら…」
近づいたダイアナは思わず微笑む。
彼がそこですっかり寝入っていたようだったから。
稚い様子にみんなの視線が集まった。
「仕方がない奴だな…」
昴は苦笑しながらやさしく彼の前髪に触れた。
机の上には大量の書類がきちんと纏められている。
予定よりも早く仕事を終えて気が緩んだのだろう。
「昼寝かー。いいな、しんじろー!」
リカが大きな声を出すと新次郎はううーんと寝言を言って体を丸めた。

 その瞬間、起こしてしまったかと、みな息を詰めた。
自分達の隊長に非常に甘い星組のメンバーたちは、休んでいる彼を起こす気がなかったから。
再び大河が寝息を立て始めたのを見て、顔を合わせて微笑みあう。
「これ以上ここで騒いでたら新次郎が起きちゃうかな」
「そうですね…。少し早いですけど、上でお昼ご飯にしましょうか」
「ゴハンか!ゴハンは…」
リカはまた大きな声を出しそうになり、慌てて自分の口を両手で塞いだ。
「ゴハンはすっごいぞーリカいっぱい食べる。先に行ってるな!」
今度は小さな声で言って、楽屋のドアを開け出て行った。

 「そんじゃあたしたちは屋上で昼飯食べてくるけど…あんたどうする?」
サジータは視線を落とし、大河の隣に腰掛けた昴に聞いた。
「先に行っていてくれ、僕は大河が起きてから一緒に行くから」
「了解。でも早くしないとなくなるよ」
サジータが後ろを向いて片手を上げて出て行くと、
ジェミニとダイアナも、軽くお辞儀をして屋上へと向かった。

 皆が部屋を出て行った後、大河と二人きりで残された昴は、眠る男の髪を何度も撫でた。
やわらかな感触に頬が緩む。
眠っている彼を見るのは珍しいことではない。
もう何度もベッドを共にした。
ただ一人、本当の自分を知っていてくれる人。
愛しさで胸が苦しくなってくる。

 「んん…」
「大河…?」
不意に大河が声を出したので、目を覚ましたのかと思い声をかけた。
だが、彼は依然眠ったまま。
見ると先ほどまでとは違い辛そうに眉が寄せられている。
悪い夢でも見ているのだろうか。

 「う…ん…」
大河はソファの上でもう一度苦しそうに唸った。
寝返りを打ち、身を守るように丸くなる。
普段の彼からは想像もできないような、苦しげな表情だった。
昴は段々心配になって来た。
そもそも、彼が仕事中に居眠りするなど普段ならありえない。
眠る姿がかわいらしくてつい見守ってしまったが、どこか具合が悪いのかもしれないではないか。
「大河」
今度は、幾分大きな声で名前を呼ぶ。

 何度かそうやって声をかけても彼は目を覚まさない。
昴がいよいよ不安になってきたとき、大河はようやく薄く目を開けた。
「あ………」
「…どうした…?」
彼は目覚めと同時に小さな声で何事かを呟いた。
内容は聞き取れなかったが、悲しそうな声だった。
「ん…あれ…昴さん…?」
ようやく夢から戻ったのか、大河は体を起こして目を擦る。
「大丈夫かい?」
「はい…。ぼく、泣いていましたか?」
大河は自分の頬に触れた。
濡れた感触。
「ああ、辛そうだった。悪い夢でも見たのかい?」
「…はい。でも大丈夫です。たんなる夢ですから」
大河は微笑んでソファから立ち上がった。

 「うーん…、お腹すいたなぁ…。…今、何時ですか?」
大河はさっきまでの辛そうな様子とは打って変わって明るい調子で話し出した。
昴は拍子抜けした気分で苦笑する。
「まだ昼休みの途中だよ」
本当は夢の内容も聞き出したかったのだが、この様子だと大した事はなかったようだ。
「じゃあ上に行って昼食を食べよう。リカが沢山食べると張り切っていたから、まだ残っているといいけれど」
昴も立ち上がり大河の隣に立って歩き出す。
彼がしきりに目を擦っているのが気になったが、寝起きなので仕方がないかもしれないと思い直した。
大河が、笑っていたから、なんともないと思っていた。
彼が夢に魘されていた事も、もうすっかり忘れかけていた。

 

 あの時夢から覚めた彼が最初に呟いた言葉を聞き取っていたならば、
昴は決してそんな暢気な気分にはならなかっただろう。
屋上へ向かって歩きながら、昴は幸せな気分を噛み締めていた。

 

 

超長いです。多分。
この新次郎は昴さんの性別を知っていますが、作中で性別を明かす予定はありません。
ストーリー上性描写があるかもしれませんが、年齢制限のない程度にしか書かない予定です。
最終的にはうちのサイトのお決まりとして幸せになっていただくつもりですので、
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
というか、途中もずっといちゃいちゃしています…。

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本当はそれほどでもないかもしれない

 

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