復活の日 5

 

 「じゃあ迷子じゃないのね?」
ベンチに腰掛けた少女は傍らで夢中になってポップコーンを食べている男の子に聞いた。
「もちろん違う」
その子供は顔を上げずに食べ続けながら返事をする。
「おいしい?」
「変わった味だがなかなかだ。何かを食べるのは久しぶりでな。よけいに旨く感じるのかもしれん」
少女は首をかしげた。
久しぶりに食べる、と言うのは朝食を抜いた、とか、そう言う意味であろうか。
「この後はおうちに帰るの?送ろうか?」
やさしい問いに、信長は少々迷った。
帰る気はなかったが、道案内は欲しい。
「そうだな…なるべく高くに登れる建物の場所に案内してくれ」
自分が手に入れようとして失敗したこの街。
もう一度、全容を見てみたかった。

 二人は手を繋いで街を歩いた。
最初信長は嫌がったが、彼女が許さなかったから。
兄弟の多いこの少女は、幼い弟妹たちの世話を常から見ていたのだ。
絶対に目を離してはいけないと、いつも両親に注意されている。

 街は信長の襲撃を受けてから、かなりの時が経っていたが、
それでも所々がまだ復興の途中だった。
その中の一軒のアパートを指差して、少女は悲しそうな顔をした。
「あそこ、私の家だったの。でも、もう住めない…大事な柱が壊されてしまったんですって…」
握っている手の力が増す。
「そうか…辛かったな…」
以前の自分なら決してそんな事は言わなかっただろうが、
今の信長は、ほとんどなんの力も持たないただの子供だった。
いや、その子供に体を間借りしているだけの存在。
だから、民の気持ちになってそう答えた。
だが、少女はそんな信長を見下ろすと、なんでもない事のように笑って見せる。

 「おうちが変わる時は寂しかったけど…でも新しい家は前より少し狭くて、みんながくっついていられるから楽しいよ」
「狭いのが楽しいのか?」
変わったやつだと苦笑する。
「うん。お引越しも楽しかったし…学校は変わらなかったから友達はそのままだしね」
輝くように笑う。
その笑顔に、信長は見覚えがあった。
「そなた…似ておるな…」
「似てる?誰に?」
首をかしげる彼女の手を離した。
「わしが…認めた男にな…たんなる暢気な子供だったのかもしれん」
「あ!手を離しちゃダメよ、迷子になっちゃう!」
「いや…もういい。やはり帰る事にしよう」
自分は彼に、未来を見た。
人々が希望を繋ぐ暖かな世界。
滅ぼさず、身のうちに危険な敵を受け入れた。

 彼女からも未来を感じた。
子供が持つ。無限の可能性。
「心配しているだろうからな…」
この身は皆に愛されている。

 去っていこうとする信長に、彼女は追いすがった。
「じゃ、おうちまで送るよ」
もう一度手を繋ぐ。

 

 

 昴はプラムにその場をまかせ、シアターを走り出た。
まずは…信長やその部下が現れた場所を順番に見て行くつもりだった。
通りを渡ろうとして、少し離れた向かい側に立つ二人の子供に気がつく。
信号待ちをしているようだ。
その姿に我目を疑う。
「新次郎!!!」
叫んで道を渡ろうとした。
だが、横断歩道ではないそこは車の通りも激しく渡れそうにない。
乱暴な運転の大型のバイクが何台も走り抜ける。
悪ガキ達が競い合って交通ルールを破っているようだった。
子供達は手を繋いで何か言葉をかわしている。

 信号が変わって彼らが歩き出す。
そこへ…。
「戻れ!!新次郎!!!」
ブレーキを踏む様子のないバイクが突っ込んでいく。
ほんの一瞬。
一秒の数十分の一。
すべての音が掻き消えて、昴の心臓が凍りついた。

 何かを叫んだと思う。
目を反らす事もできず、その瞬間を見るしかないと、わずかな時間の間に思考が空転する。
だが、覚悟していた打撃音はいつまで経っても起こらなかった。

 「愚か者めが…」
新次郎、いや、彼の体を借りた信長は、自分の手を繋いで硬直している少女を背後に、バイクに向かって手を伸ばしていた。
まっすぐに指を開き、憎しみの篭った目でバイクの青年を睨む。
そのバイクはと言うと、少女らの眼前にピタリと制止していた。
だが、昴はすぐに気がついた。
ほんのわずかではあるが、その車体が浮いている。
信長がゆっくりと手を上げると、車体もそれに連れて徐々に浮き上がって行く。
「よせ!」
昴は叫んで駆け寄った。
信長の意図に気がついたのだ。
やつはあのバイクを乗車した人間ごと高みから落とそうとしている。

 昴の恫喝に気がついた信長は、ちらりとその方向を見た。
溜息をついて隣で震えている少女に聞く。
「怖いか?」
コクリと頷きながらもぴたりと寄り添っているところを見ると、信長が怖いのではないらしい。
今目の前で起きている現象が恐ろしいのだろう。
「ふむ。そなたには一飯の恩がある」
そして、血相を変えて自分に走りよってくる昴を軽く睨む。
「それにこの体の持ち主は、あやつに一宿一飯どころではなく、世話になっているからな…」

 「新次郎!」
昴がその場にたどり着いた時には、もうバイクは静かに地面についていた。
「新次郎!?新次郎なのか?!」
外見だけでは判断がつかない。
今みた現象も、命の危険を感じた彼の霊力の暴走かもしれなかった。
「いや…そなたの望む男は眠っている」
そう言って、手を繋いだままの少女に目を向けた。
「世話になった。こやつが保護者だ」
「すっごく素敵な人ね…」
少女はうっとりと昴を見た。

 「またね!」
元気を取り戻した女の子は信長に向けて手を振った。
たちまち見えなくなってしまった彼女を見つめて苦笑する。
「また…か…」
「信長…なんだな…?」
険しい声を出す昴に、頷く。
「うむ…。こやつがなぜか子供に返った時に、精神力が極端に弱まってな。寝ている時などに時々意識が戻った…」
「どうするつもりだ」
昴は新次郎の、その手を握って離さないように力を込めた。
彼が本来の姿に戻らない限り、五輪曼荼羅は使えない。
それまで封印しなおす事は不可能だろう。

 「そんなに警戒するな。自分で決めたのだからな、大河新次郎。こやつの中で眠る。と」
複雑な表情で自分を見下ろす昴に、言い聞かせるように静かに話す。
「少し見てみたかっただけだ…この街…己のした事の結果をな」
昴は何も言わなかった。
一分でも一秒でも早く、新次郎の体を取り戻したかった。
もう一度眠りにつけばおそらく、もう永遠に信長の意識は戻る事はないだろう。
じりじりとじらされるような焦燥感。
そんな様子に気が付いた信長は、ほがらかに笑った。
最後の戦いで大河にみせたような、後悔のない笑み。
「愛しているのだな。奴を。…今生でも…」
「どういう意味だ」
信長はその問いには答えなかった、目を瞑り、じっと精神を集中しているように見える。

 「勝手に借りて悪かった……そなたに返す…受け止めよ…」
とぎれとぎれにつぶやいたかと思った次の瞬間に、がくりと崩れ落ちる。
慌てて支え、昴はその体をそっと抱きしめた。
「新次郎…!」

 腕の中の子供は、すやすやと眠っていた。
立ち上がり、抱きかかえなおして、腕に力を込める。
「よかった…新次郎…!」
喜びの涙で視界が曇った。
調べなければならない事が山ほどあったが、とりあえず取り戻す事が出来た。
それだけなのに、安堵で体中の力が抜けていく。
へたり込みそうになる自身を叱咤して歩き出す。
皆まだ彼を探し回っているはずだった。
急いでシアターに戻らなければ。

 

 

 

 

と言ってもシアターはすぐそこですが。
次回で復活編オワリ

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良かったですね。

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