いちごの誘惑

 「うふふ、大河さん、今日は素敵なデザートを用意したんですよ」
皆で食べる屋上での昼食。
その終わりにダイアナは新次郎に笑いかけた。
「でざーと、ですか?」
食事中は昴の隣に座っていた新次郎だが、
食べ終わったとたんに昴の膝の上に移ってしまっていた。
かなり抱き癖がついている。
「でも、もうごちそうさまっていっちゃいました…」
残念そうな彼を昴は笑って持ち上げ、再び隣の席に下ろしてやった。
「もう一度、いただきますって言えばいいよ」
普通の子供はそんな事気にしないのに、
やはり、新次郎は特別に良い子なのだと、うれしくなって頭を撫でる。

 「ダイアナ!デザートはリカの分もあるよな!」
テーブルの上に身を乗り出すようにして大きな声を出すリカに、ダイアナは微笑んだ。
「もちろんですよ、全員の分、用意してきましたから、少し待っていてくださいね」
彼女は言って席を立った。
エレベーターで降りていくダイアナに、リカは待ちきれずに付いて行ってしまった。
「やれやれ…」
サジータはその光景に溜息を吐く。
「君も食べるのかい?」
昴はさりげなく聞いた。
サジータがここの所ダイエットしていて、しかもそれが全然成功していない事を知っていたのだ。
昼食もサラダしか食べていなかった。

 「なっ…あたしが食べちゃいけないのかい!?」
「さあ…ダイアナが何を用意してきたのか知らないけれど…」
鉄の扇で口元を隠して笑う。
「デザートと言うからには、甘くてカロリーの高い物だと思うよ」
その言葉にサジータはがっくりとうな垂れた。
「甘い…そうだよね……」
「で、でも…!サジータさん、全然太ってないですよ!すっごくスタイルいいです!」
ジェミニは一生懸命に言ったが彼女は回復しなかった。
ウエストサイズの増大はサジータ自身が一番良く知っていたから。
「さじーたたん、あまいのきらいなんですか?」
普段威勢の良い彼女が消沈してしまったので、新次郎は首をかしげた。
「大好きだ!」
その勢いに、新次郎は驚いて、椅子ごとひっくりかえりそうになった。
「新次郎!」
昴が慌てて支える。

 「まったく…危ないじゃないか…」
昴はサジータを睨んだが、彼女は拳を握ってなにやら決意していた。
「今日だけ…今日だけデザートを食べる!明日からは何があってもサラダだけ……!」
その様子を横目で見て溜息を吐く。
これでは当分、彼女のウエストのサイズは変化しないだろう。

 「おまたせしました」
ダイアナは一抱えもある紙箱を手に戻ってきた。
「デザート!すっごいぞーー!」
リカは興奮して彼女の周りをくるくると回っている。
「で、なんなんだい?デザート!」
サジータは気になって仕方がなかった。
モノによってはカロリーを気にせずに食べられるかもしれない。

 「うふふ、イチゴのショートケーキですよ」
「ケーキ…!」
サジータはごくりと唾を飲み込んだ。もうずっと食べていない。
ダイアナは一つ一つ丁寧に皿に盛って、各人の前に並べていく。
「うわ〜かわいいケーキですね」
ジェミニは彼女の、女性らしい、ゆっくりとした動作を目を輝かせて見守った。

 新次郎は目の前に置かれたそれをじっと見つめた。
ぴかぴか光る真っ赤に熟した大きな苺。
ものすごくおいしそうだ。
「さ、召し上がれ」
ダイアナがにっこりと微笑んだ。
「いただきます!」
全員で唱和して食べ始める。

 「おいしいかい?新次郎」
昴は目を細めて声をかけた。
夢中になってしまっているようだったが、
それでもがつがつと食べたりはしない。
顔いっぱいに笑って、昴を見上げた。
「えへへ…すばるたん、すごーくすごーく!おいしいです!」
微笑んで頷いて、新次郎の向こうとなりに座っているサジータを見てあきれる。
「サジータ…新次郎をみならったらどうだ…」
彼女はすごい勢いでケーキを食べていた。
「だって…これ…うま…」
言葉を出す間も惜しいと食べ続ける。
「すごいな!サジータ!リカも負けないぞ!」
彼女の勢いに負けまいと、リカも勢い良く食べ始めた。
ダイアナは皆の様子を嬉しそうに見渡して、ゆっくりと食べる。
「おいしいです、ダイアナさん!」
ジェミニは、食事時だけでもレディのようにふるまいたいと、最近はダイアナの所作を見習うようにしていた。
本当は自分もどんどん食べたかったのだが、少しづつ口に運ぶ。

 「はー…幸せ…」
すっかり食べ終わり、サジータは椅子に寄りかかった。
満腹した腹部をなでる。
ふと隣をみると、新次郎はようやく半分ほどを食べ終えたところだった。
苺は皿の端っこに避けてある。
「新次郎、苺食べないのかい?」
言ってすばやくフォークで突き刺す。
「あたしが食べてやるよ」
彼が何か言う間も無く、ぽいと口内に放り込んだ。

 改めてその甘すっぱいベリーを味わう。
ごくりと飲み下し、皆の視線に気付く。
「ん?どうした?」
隣を見ると、新次郎は呆然と彼女を見上げていた。
「新次郎?」
昴も心配になって声をかける。
サジータが彼の苺を強奪した事に気が付いていなかったのだ。
「すばるたん…」
新次郎は手に持ったフォークを置くと、椅子を降りて昴に抱きついた。
「うああーん」
大声で泣き出して、昴の胸に顔を埋める。
「どうした…ケーキ好きだろう?」
困惑して問いただす。

 サジータは危険な雰囲気を感じ取っていた。
まずい事をしてしまったのではないだろうか。
一刻も早くこの場を去った方が無難かもしれない。
「ダイアナ!ケーキうまかったよ!ごちそうさま!」
早口で言って席を立つ。
「待て、サジータ」
昴はすかさず声をかけた。
重低音の、有無を言わさぬ静止命令。
「な…何?急いでるんだけど…」
こちらの声は上ずっている。

 「何をしたのか言ってみろ」
昴は彼女が何をしたのかを確認してはいなかったが、
挙動不審なその様子で大方の予想がついた。
泣き続ける新次郎を抱きしめて、するどい視線を浴びせる。
「や…ごめん…!避けてあったからいらないんだと思ってさ…」
「新次郎のケーキを奪ったんだな」
「ケーキじゃないよ…苺だけ…」
言い訳するも状況が良くなるわけでもなし。

 「さじーたたんがいちごたべちゃった…すばるたん…あああ〜ん」
しゃくりあげながら泣く新次郎に、昴は困惑した。
昴自身はもう苺を食べてしまっていたからだ。
思わず他のメンバーを見ると、ダイアナもジェミニも、もうあらかたケーキを食べ終えてしまっていた。
苺はもちろんない。
だが。
リカは自分の皿をじっと見た。
最後に食べようと残しておいた苺が、そこに鎮座している。

 昴もさすがに、リカに苺を新次郎にあげてくれとは言えなかった。
泣き続ける彼を抱き上げて、やさしく揺する。
「ごめんよ新次郎…。帰りに沢山苺を買ってあげるから」
どんなに言っても新次郎は泣き止まなかった。
最後の楽しみにと、子供らしい発想で取っておいた苺だったのだろう。
事の発端であるサジータに、今すぐ買いに行かせようかと考えていると、
向かい側の椅子がガタリと鳴った。

 「しんじろー!リカのイチゴあげるから泣くな!」
彼女は勢い良く立ち上がって言った。
皆驚いてリカを見る。
リカは皿の上の最後のイチゴをつまむと、昴に抱かれて泣いている彼に歩み寄った。
「ほら、あーんしろ!」
しゃくりあげながらも、ひかえめに口を開いた新次郎の口に、とっておいた赤い果実を押し込む。
「いしししし…おいしーか?しんじろー!」
残念そうなそぶりは一切見せずに、満足そうに笑った。

 「リカ、ありがとう」
昴は彼女に微笑んだ。
リカの食事に対する執着は皆良く知っている。
だからこそ、彼女の新次郎へのやさしさに、心から感謝した。
「りかたん…ありがとうございます…」
合間にひっくとしゃくりあげながらも、新次郎はお礼を言った。
「いいんだ!いつもすばるにゴハン奢ってもらってるからな!」
昴は新次郎を椅子に戻すと彼の頭をそっと撫でた。
「良かったな新次郎、ほら残りもお食べ」
言ってサジータを睨む。
「リカですら大好きなイチゴをわけてくれたのに…こんな小さな子からおやつを奪うとは…」
「悪かったよ!いらないと思ったんだから仕方ないだろ!」
サジータは頭をかいた。
彼女自身、あと数秒あのまま新次郎が泣き止まなかったら、
愛車バウンサーに乗って苺を買いに走ろうと考えていたのだ。

 「ごちそうさまでした、だいあなたん」
きれいに食べて二度目の食後の挨拶をする。
椅子を降りる彼を見て、皆はまた昴の膝の上に登るのだろうと思っていた。
だが、新次郎はとことことリカの前まで進んで彼女の膝の上に座った。
「おお!しんじろー!リカのとこに来たのか!」
さすがに昴も彼女に対して妬くわけにはいかない。
何よりも先ほどのリカの行動に感心していた。

「かわいい姉弟みたいだね」
ジェミニはうらやましかった。
新次郎を何度か抱いた事があったが、彼から抱かれてくれた事はなかったから。
「きょーだいですか?それじゃりかたんは、しんじろーのおねえたんですね」
にこにこと笑いながら言った。
「うふふ…リカおねえちゃん、がんばってね」
ダイアナは食べ終えた食器を片付けながら胸を撫で下ろした。
自分の持って来たケーキで揉め事が起こっては悲しい。

 

 

 「ほら、さっきは悪かったよ…」
仕事を終えて帰ろうとしていた昴と新次郎に、サジータは小箱を渡した。
「昼間はごめんな新次郎、それじゃ、お疲れ、昴!」
照れ隠しに彼の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、サジータは駆け去った。
箱の中には熟したイチゴが山になっていた。
「うわ〜いちごですよ!すばるたん!」
「ふふ…サジータのやつ、さすがに反省したらしいな」
昴は新次郎に苺を持たせて彼を抱き上げた。
「明日サジータにお礼を言おう」
輝く苺を見つめていた新次郎は頷いた。
「はい!すばるたん、おゆうはんのでざーと、いちごにしてくださいね!」
「そうだね、苺ミルクも作ってあげようか?」
喜ぶ彼を見て、昴は微笑んだ。
山になった苺。
明日の朝も、苺ミルクを作らないとならないだろう。
だがそんな事は何の苦にもならない。
彼が喜んでくれる事が、今の昴には最も重要な事だった。
いつまで彼が小さいままなのかははっきりしなかったが、
出来る限り、彼に幸せを感じて欲しい。

 新次郎は、自分をじっと見つめるやさしい視線に気がついて、にっこりと笑った。
「すばるたん、しんじろーのいちご、すばるたんにあげますね、りかたんみたいに」
昼間、リカに苺をわけてもらって、とてもとても嬉しかった。
だから自分も、彼女のように昴を喜ばせたかったのだ。
「ありがとう、新次郎、じゃあ僕の苺は新次郎が食べるといい」
昴は小さな彼のやさしさが嬉しくて、やわらかな唇に口付けた。
今夜、寝る前に贈るキスは、きっと苺の味がするのだろう。

 

 

苺ミルク。
オフレポUPしていなかった事を思い出しました。
タイマニオフで、カラオケ会場にて苺ミルクを全員でおかわりまでしてがぶ飲み。
最高でした。
私のSS,特に裏ではリカの出番が少ないので、今回はがんばって頂きました。
次に出番の少ないダイアナさんにもがんばって頂きたいです。

 

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昴さんが甘い。

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