お泊り 5

 

 翌朝ジェミニが新次郎を伴ってシアターに到着すると、待ってましたとばかりに皆に取り囲まれた。
「しんじろー!リカと遊ぼう!」
リカは普段昴にくっつきっぱなしの彼と遊べるのではないかと期待して駆け寄ってきた。
「りかたん、おしごとじゃないんですか」
まじめに返事を返す彼を抱きしめて持ち上げ、運んでいこうとする。
「リカ、ちょっと待った!新次郎、あたしと朝のツーリングに行こう!」
「そんな…大河さん、絵本を読んで差し上げますから、私と一緒に行きましょう」
口々に言って、彼との時間を得ようとする。

 「まだだめですよ!ボクが預かっているんだから!昴さんが帰ってくるまでは新次郎はボクと一緒!」
彼女たちの腕の中を行き来している新次郎を奪う。
とたんに不満の声があがる。
だがジェミニは断固として譲らなかった。
その様子にサジータはあきらめて溜息を吐いた。
昨日ジャンケンに勝ってさえいれば…。
「わかったよ…で、夕べはどうだった?こいつ、大人しくしてた?」
昴は新次郎との生活を詳細に語ってくれなかったので、普段の様子を皆は知りたがった。
「良い子だったんだけど、ちょっと迷子になっちゃって…」
「迷子ですか?!大変じゃないですか!」
「なんで早く知らせなかったんだい!」
「しんじろー迷子になったのか?!」
口々に言う彼女たちに、新次郎はキョトンとした。
「しんじろーは、まいごになっていません!」
不満そうに口を尖らせる。
「だって、今ジェミニが…」
サジータが言うと、新次郎はあきらかに怒って反論した。
「ずっとじぇみにたんのおうちにいたのに!」

 「ごめんごめん、新次郎。そうじゃないんですよ、新次郎はちゃんと家にいたんだけど…」
ジェミニが詳細を語ると皆は複雑な表情で彼女を見た。
「それは大変でしたね…」
ダイアナが同情の眼差しで見つめる。
「しんじろーはまいごじゃないのに…」
なおも不満そうな彼の頭をサジータはぐりぐりと撫でた。
「昴も生きた心地がしなかっただろうね…」
「そうなんですよ…心配かけちゃって…」
俯いたジェミニの背中をサジータは叩いた。
「でも、もしこいつを行方不明にしたのがジェミニじゃなくて、あたしだったら、昴の奴、もっと怒り狂っていたかもしれないよ」
その時の事を想像するとぞっとする。

 「誰が怒り狂うって?」
背後から声をかけられて皆は一斉に振り向いた。
「すばるたん!」
新次郎は躊躇せず走り出して昴に飛びついた。
「おかえりなさい!」
顔いっぱいに喜びを表して昴を見つめて来る。
「ただいま、新次郎」
抱き上げると頬を摺り寄せてくる。
甘い香りに顔がほころぶ。
一晩しか離れていなかったのに、久しぶりに抱きしめたかのように幸福な気持ちになって彼を抱く腕に力を込めた。

 昴が新次郎の感触に浸っていると、ジェミニが正面に立って頭を下げた。
「昴さん…夕べはすいませんでした…」
申し訳なさそうな彼女に笑ってみせる。
「いや、すぐに知らせてくれてありがとう。なんともなかったのならそれでいいんだ」
「昴、もし、やったのがあたしだったらもっと怒ってただろ」
ジト目で見つめるサジータを睨む。
「君の想像の中の僕に勝手に叱られると良い」
昴は新次郎を降ろして言った。

 「それにしても昴さん、お早いお帰りでしたね」
ダイアナが不思議そうに聞いた。
予定ではあと数時間は帰ってこないはずだった。
「ふふ…ちょっとわがままを言って朝食を早めてもらったんだ」
皆は昴に振り回される依頼主の事を想像して同情した。

 新次郎の手を引いて楽屋を出て行く昴を見送って、サジータは溜息を吐いた。
「あ〜あ、これでもう当分また、新次郎は昴にべったりだね…」

 

 「すばるたん、しんじろーは、すばるたんにおてがみをかいたんですよ」
昴の手を握って歩きながら新次郎は大好きな人を見上げた。
「しんじろーはもう、おてがみがかけるんですから」
そういって、折りたたんだ紙を差し出す。
小さな子供にしては丁寧な畳み方で四つ折になっている。
昴は驚いて彼を見下ろした。
「僕に?新次郎が?」
新次郎はにこにこして歩く昴の足に抱きついた。
蹴飛ばしそうになって慌てて止まる。
「ありがとう…」
抱き上げてやると、彼はまた頬を摺り寄せてきた。
その確かな存在感に胸が熱くなる。
そっと開いて、紙いっぱいに堂々と書かれた文字に微笑む。
所々字が間違っていたり反転していたりと、文字を覚えたての子供らしい文章だった。
(すばるたんへ!しんじろーは、じぇみにたんのおうちにおとまりしています。
うまの、らりーとあそびました。すてーきがおいしかったです。
こんどすばるたんもつくってください。
すばるたんがいないと、しんじろーはとってもさみしいです。
はやくかえってきてください)
「ふふ…」
かわいらしい内容に声が漏れる。

 「僕も新次郎に手紙を書いたんだよ」
昴は彼を抱いたまま胸ポケットに入れた紙を取り出した。
「読めるかな?」
渡すと新次郎は喜んでそれを受け取った。
「すばるたんも、おてがみを?!しんじろーに?!ありがとうございます!」
彼はすぐにそれを開いて真面目な顔になった。
しばらく眺めて顔を顰める。
もしかして書くのは出来ても読めなかったりするだろうか。
一応すべてを平仮名で書いたのだけれど。
だが、新次郎はすぐに声を出してそれを読み出した。
「ええと…し…しんじろうへ、じぇみにのいえは…」

(新次郎へ、ジェミニの家は楽しかったかい?僕は君が傍にいないから全然楽しくなかったよ。
早く君に会いたいよ、帰ったらお土産のクッキーを一緒に食べよう)

 「くっきーですか?!」
その部分を読んでたちまち嬉しそうな顔をする。
「そうだよ、家に送っておいたから、もう届いているはずだ」
「わーい!すばるたん、ありがとうございます!」
抱きついてくる体を受け止めて笑う。
「今日はもう寂しくないだろう?」
「すばるたんも、しんじろーがいるからきょうはたのしいですよ」
自信たっぷりに言う彼の頭を撫でる。
彼の言う通りだ。
昨夜の空虚さに比べたら、今日は本当に幸せだ。

 

 

 

………

「すばるたん、どんなくっきーなんですか?」
「ん?ああ…ひとつひとつがイルカの形をしているんだ」
「いるかさん?!」
驚いた顔をしている新次郎に微笑む。
「好きだろう?イルカ」
「いるかさん…くっきー」
「どうかした?」
「な…なんでもないんですよ!」

 

 

 

なんでもなかったかどうかはまた次回。漫画で。

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昴さんのほうが平気じゃなかった

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