お泊り 2

 

 ジェミニは自分の拳をじっと見た。
震えるその手を高々と上げる。
「か…買ったーーー!!!」
ジャンケン勝負の勝利の女神は侍娘に輝いた。
「ちょっと待った!今のはナシ!」
サジータは未練がましく言いつのる。
「残念です…」
ダイアナはがっくりと肩を落とした。

 「新次郎!今日はボクの家に泊まるんだよ!」
ジェミニはポカンとしている新次郎の頭を撫でた。
新次郎はそれを聞くとまじめな顔になって、小さな頭をぺこりと下げた。
「よろしくおねがいします」
「キュ…キュート!」
ジェミニは彼を抱きしめてくるくると回った。
「ジェミニ、僕からもよろしく頼む」
喜びを隠そうとしない彼女に、昴は頭を下げた。
真剣なその言葉に、それまで文句を言ったり騒いだりしていた皆が黙った。

 「昴さん、ボク、ちゃんと新次郎の面倒を見ますから、心配しないでお仕事に行って来てください」
昴に頭を下げられて、ジェミニは非常に慌てた。
「ね?新次郎、ボクと一緒で大丈夫だよね!」
抱いたままだった彼に笑いかける。
だが新次郎は返事をせずに彼女の腕から降りた。
昴に駆け寄って抱きつくと離れなくなってしまう。

 「新次郎…?」
昴は彼を抱き上げて顔を覗き込んだ。
新次郎はますます強く昴にしがみつき、その胸に顔を埋めた。
「そうだ、お土産は何がいいか聞いていなかったな、何がほしい?」
昴は彼の髪を撫でながら聞いた。
だが新次郎は顔を埋めたまま首を振った。
「なんでも買ってきてあげるよ」
すると新次郎は顔を上げて叫んだ。
「おみやげ、いらない!すばるたんとおうちにかえります!」

 昴は少々驚いていた。
今まで一度も、新次郎はわがままを言ったことがなかったからだ。
ただの一度も。
仕事中も大人しく待っていてくれたし、子供には結構辛いような我慢をさせて来たが、
新次郎は事情を納得すると、それ以上のわがままを決して言ってこなかった。
だからこんな風に子供らしい無理な要求を突きつけられて、
それが自分に関することだったので、昴は罪悪感で胸が締め付けられた。

 「いか…いかないで…おしごと……う…ひっく…」
とうとう泣き出してしまった。
一度は納得したものの、やはり小さな子供なのだ。
話が進むうちに不安になってしまったのだろう。
それを見て皆も、さっきまでうかれて騒いでしまった事を反省した。
彼にとっては決してうれしい出来事ではなかったのに。

 昴は新次郎を抱いたまま楽屋を出た。
歩きながら何度もキスをして、心配ないよと話しかける。
廊下をゆっくりと往復しているうちに、だんだんとしゃくりあげる声が聞こえなくなって、
気がついたときには彼は泣きつかれて眠ってしまっていた。
それでも昴の上着をしっかりと握って離さない。
昴は改めて彼の頬にキスを落とすと、もう一度楽屋に向かった。

 「泣き止んだみたいだね」
「し…眠ってしまったから…」
昴が囁くと、みんな顔を見合わせて黙った。
新次郎をソファに下ろすと、掴まれていた上着がひっぱられた。
そっとその手を離す。
「それで…ジェミニ、彼の事なんだけれど…」
小さな声で話す。
「時間がないから今から説明する」
「は…はい…」

 「好き嫌いはないから何でも食べるけれど、必ず野菜も与えてくれ」
今や彼を連れて行きたい気持ちが爆発しそうだったが、あえて事務的に事を進める。
自分を納得させるためにも。
「そんな事まで指示していくのかい?」
サジータはあきれて言った。
昴は彼女をチラリと見たが、何も言わなかった。
「彼の寝巻きと明日着る服は、さっきホテルに連絡して持って来てくれるように頼んだから後で渡す。朝は6:30には起こしてやってくれ」
「はい」
ジェミニは律儀にメモを取りながら返事をした。
「おやつは今日の分はもう食べたから、これ以上欲しがってもやらない事。それから…」
「それから?」
昴はジェミニをじっと見た。
「新次郎を頼む。本当に…」

 出発の時間が近づいても新次郎が起きないので、昴はどうしたものかと思案する。
いっそこっそりと出発した方が、彼もあきらめるかもしれない。
また泣かれてしまったら、自分の方が離れられなくなりそうだ。
皆も心配そうに見守っていた。

 眠る彼の隣に座ってそっと髪をかき上げる。
「んん…」
くすぐったかったのか、新次郎はむずがって昴が触れた部分に手をやった。
微笑んでその様子を見て、やはりちゃんと話そうと思い直す。
このまま出発したらそっちの方が心残りだ。

 昴は彼を抱き上げて声をかけた。
「新次郎…起きて、もう行くよ」
「ん…すばるたん…」
だんだんと目が覚めて来ると、新次郎はハッとした顔になって、昴にしがみついた。
「新次郎、僕はもう行くけれど、ジェミニにちゃんとお願いしておいたから、待っていてくれるね」
返事はない。
「新次郎は良い子だろう?」
「いいこじゃないです…」
ぴったりと顔をつけて離れない。
「新次郎は、僕が知っている子供の中で、一番良い子だよ」
心から言った。
「でも、もし、新次郎が良い子じゃなくなっても、僕は君が大好きだよ」
笑って腕を揺する。
「…いいこじゃなくても?」
ようやく顔をあげた新次郎にキスをした。
「うん。たまにはこうやって僕を困らせてくれ」

 周りの皆は、こうやって新次郎に話しかける昴をあまり見たことがなかった。
普段から二人は仲良くしていたが、こんな風に抱きしめて会話する姿は、改めて、本当に母親みたいに見えた。
やさしい笑顔も、口調も、初めて見るものばかりだった。
本来の大河新次郎とも、昴はこんな風に笑ったり、喋ったりしているのだろうか。

 「しんじろーは…すばるたんをこまらせていますか…」
「そうだね、ちょっと困ってるよ」
苦笑して額を合わせる。
「…おしごとをじゃまをすると、おかねがなくなってごはんがたべられません」
新次郎の言葉に皆は微笑んだ。普段彼の本当の親から言われているのかもしれない。
「しんじろーは……」
昴の胸に顔を押し付ける。
「…すばるたんがだいすきです…」
こんな場合だというのに、昴は彼の言葉が嬉しくて、新次郎を抱く腕に力を込めた。
本来の彼が、初めて自分にそう言ってくれた時の事を思い出す。
ラチェットに吹き込まれて、彼らしくない言葉で。好きだよ、と言ってくれた。
「すきなひとを、こまらせてはいけないんです…」
「そうなのかい?」
「あとで、じぶんがかなしくなるんですよ」
昴は、こんな風に彼に大切な事を教育してくれる、彼の本当の両親に会ってみたいと思った。

 「あした、すばるたんはかえってくるんですよね?」
「うん。なるべく早く帰るよ」
それを聞くと新次郎は抱きついていた腕を放し、自分で昴から降りた。
ジェミニの前にとことこと進んで、彼女の手を握る。
「じぇみにたんもすきです」
そう言われて、やわらかな手の感触に硬直していたジェミニは彼を見た。
「じぇみにたんのおうちで、すばるたんをまってます」

 

 

 

 

2回の予定だったのに…
思いがけず新次郎がぐずったので長引いてしまいました…。
自分の予定と違う展開になると楽しくなってしまうM黒河です。
ところでものすごく今更なのですが、
ちびじろーは、「すばるさん」と言っているつもりなんです。
あくまでも敬語なお子様なんです。

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