守護者 2

 「すばるたん…」
サングラスをかけて、ロングコート姿の昴を見て、新次郎は目を丸くした。
「どうだい?新次郎。僕だってすぐにわかるかい?」
コートの襟を立てて笑ってみせる。
新次郎はまじめな顔で頷いた。
「しんじろーは、すぐにすばるたんだってわかりますよ!」
それでは困るのだが。
自慢げに言う彼の頭を撫でて、店員に向き直る。
「それでしたら、多分、大丈夫かと存じます」
「申し訳ない。裏口に案内してくれ」

 「サングラスは明日にでもお返しする。本当に助かったよ」
昴は男性店員の手を握った。
「いえ、九条様にはいつも御贔屓にして頂いておりますから」
周囲を伺いながら店を離れ、1ブロックほどすすんで息を吐く。

 「もうここなら平気かな?」
サングラスを外そうとすると、新次郎が止めた。
「すばるたん!とってはだめですよ!」
「どうしてだい?」
聞くと、新次郎は顔を紅潮させて昴にしがみ付いた。
「それ、すっごくかっこいいです!」
昴は笑ってしゃがみ、彼の目を覗き込む。
「でも、このままでは怪しい人物みたいに見えないかな」
昴の問いかけに、新次郎は真剣に悩んでいるようだった。
「ちょっとだけ…」
遠慮しているのか控えめに言う彼がかわいくて顔が緩む。
「じゃあ、こうしよう」
昴はサングラスを外すと、新次郎の頭にかけた。
目にかけるには大きすぎて落ちてしまうし、視力が下がっては困ると思ったのだ。
「うわあ!すばるたん!しんじろーかっこいいですか?!」
興奮してしまった新次郎の手を取って微笑む。
「とってもかっこいいよ」
とても、かわいらしい。

 レストランに寄って、食事をしている間も、彼はとてもうれしそうだった。
子供用のメニューは彼の好みを満たす内容で、
たちまち全てを平らげた。
その様子を見ているだけで、昴は幸せな気分になって来る。
思えば大きな彼の食事風景を見ていたときも、同じように幸せだった気がする。
微笑んでいる昴を見て、新次郎はにっこりと笑い返した。
「ごちそうさまでした!……あ…」
何かを見つけて、声を出す。
「どうかしたかい?」
「すばるたん、さっきのおみせのおねえさんたちがきましたよ」
昴たちは店の一番奥の席に案内してもらっていた。
新次郎が壁際に店の入り口を向くような形で座っていたのだ。

 昴は振り返らなかった。彼女たちは自分を追ってきた訳ではあるまい。
たまたま同じレストランに入ったのだ。
ならば気付かれないように、そっと出た方が良い。
「新次郎、じーっと見てはだめだ。見つかってしまうよ」
彼を心配させないように、笑顔で言う。
「…へんそうですね」
彼は真剣に言うと自分の頭にかけてあったサングラスを渡した。
いまさらここでかけても、かえって不審に見えるような気もしたが、
せっかく彼がくれたので受け取った。
「彼女たちが食べ始めたら出よう」
食べ始めてしまえば、もし気付かれてもすぐには追って来ないかもしれない。

 彼女たちに食事が運ばれてくると、昴は立ち上がって新次郎を抱いた。
「すばるたん、やっぱりそれかっこいいですね」
怪しいスパイのような格好の昴に新次郎は目をキラキラさせてしがみ付いた。
みつからないように、通路を歩く。
無事に外に出ると、新次郎は大げさに溜息を吐いて見せた。

 「はー!どきどきしたー!」
嬉しそうなその様子に微笑む。
「ふふ…そうだな、僕もどきどきしたよ」
こんな事がおきて、怖がらせてしまったかと思っていたので昴は安堵した。
「あっ!」
突然彼が大きな声を出した。
「どうした?」
「まただっこしてもらっちゃった!」
慌てて言って、自分で昴の腕の中から降りた。

 またしても抱いていた新次郎が降りてしまって昴は少々残念だった。だが。
「すばるたん!おうちにつくまで、しんじろーがすばるたんをまもります!」
「え?」
聞き返すと、小さな手で指を強く握られる。
「さっきのおねーさんたちがきたら、すばるたんはさきにおうちにかえってくださいね」
先に昴を帰らせてどうするつもりなのか。
苦笑して彼を見下ろすと、真剣な瞳が昴を射た。

 思わず胸を押さえる。
「大河…」
いつも、迷う事無く自分を守ってくれたその人。
己が傷つく事をまったく恐れていなかった。
体の奥が痺れ、目頭が熱くなる。涙がこみ上げてきて、昴は上を向いた。

 「すばるたん?」
大河、と呼ばれたので新次郎は少々驚いた。
「…ありがとう、新次郎、うれしいよ」
こんなに小さくても、彼は自分の守護者だった。
毎日彼を守っているつもりだったが、やはり守られているのは自分の方だ。

 傾きかけた夕日の中を家路につく。
自分の少し前を飛び跳ねるように歩く彼を目を細めて見て、小さな声で囁いた。
「大河…君が元に戻ったら、その時こそ、僕が君を守ってみせる」
二度と傷つく彼を見たくない。
前を歩く新次郎を捕まえて、もう一度抱き上げる。
「やっぱり君を抱っこして帰ってもいいかな」
彼に触れていない事が不安だった。

 すぐに喜んで頷くと思っていたのに、
新次郎は考え込んでいるようだった。
「君を抱いていた方が、僕は安心できるんだけどな」
「そのほうが、すばるたんをまもれますか?」
まっすぐなその視線を受け止めて、自分も真剣な表情で言った。
「うん。お願いできる?」
真面目に頷く彼を抱きなおす。
こうやって彼の温もりを感じていると、本当に心が落ち着く。
ようやくゆっくりと彼を抱くことが出来て、昴は安堵の息をついた。
肉体はともかく、心の方は、間違いなく彼に守られている。
細い髪を掻き揚げてやって、すべらかな額にキスを落とす。
「大好きだよ、新次郎」
小さな、自分の守り人。

 

 

 

埋まっていたSSを発掘しました。
途中まで書いて、放置してありました。
もう一個埋まっていましたが、こちらはシリアスだった。
暗い話に突入するのは簡単なのですが、
解決するのがむずかしくて放置中でした(笑)

TOP 漫画TOP

抱き癖がついているのは昴さんの方です

inserted by FC2 system