サジータと新次郎 前編

 「なあ昴、今日のトレーニングだけどさ」
サジータは昴にすりよるようにして話しかけた。

 ソファで皆と談笑している間に眠ってしまった新次郎を抱いていた昴は、
話しかけてくる彼女をささやくような声で窘めた。
「もっと小さい声で話せ、サジータ…」
「あたし、出番がないからさあ、昴が出てる間、新次郎を見ていてやってもいいよ」
昴は眉間にしわを寄せて、怪訝そうな顔で彼女を見た。
「君が良くても新次郎は…」
嫌がるだろう。
でもさすがにそうキッパリとはいい難かったので、後半は察してくれと願って黙る。
「ふふふ…秘策があるから大丈夫だよ」
「秘策?」
そんなものはまったくあてにならない。
「ありがたいけど断る」
はっきり言うと、サジータはむくれて立ち上がった。
「過保護な上にケチ!!」
言い捨てて足音高く出て行った。

 「ん…すばるたん…?」
騒がしかったせいで、新次郎は目を覚ました。
まぶたに手をあてる彼の手を握る。
「ああ、そんな風に目をこすってはダメだ。なんでもないからまだ寝ていていいよ」
自分の行動に苦笑する。
たしかに過保護だ。

 昴が舞台で練習をしている間、新次郎はいつものように客席に座ってその様子を見ていた。
昴は大人しくしている彼を見て、悲しい場面だというのについ微笑んでしまう。
あんなに素直でかわいらしい子供は他にいるまい。
親バカと言われようともこれだけは絶対だ。
もしも自分が彼の本当の親だったら、かわいくて一時も目が離せなくなってしまうのではないか。
実際に今、そうなりつつある。
「ちょっと!昴!」
指導していたラチェットが叱る。
「まったくもう。気が散って仕方がないわね」
そう言って新次郎をみやる。
彼には罪がないけれど、普段周りを纏め上げている昴がこんな調子のせいでなかなか練習が先に進まない。

 「…すまないラチェット。少し気分を変えてくる」
そう言うと、昴は舞台裏に下がった。
プライベートが仕事に影響している事に、以前の自分だったら耐えられないだろう。
でも今は…。
もっとずっと人間的な感情が心を支配していて抑えられない。
苦笑して冷たい水で顔を洗う。
母性愛とはやっかいな代物だ。
自分が前にも増してあの子に夢中なのは自覚がある。
今この練習の間だけでも、彼のことを考えないようにしなければ。
5分ほど目を瞑って深呼吸を繰り返し、舞台に戻る。
「またせたね」
周りの皆を見渡す。
客席は見ない。見たらまた最初に戻るだけだ。
仕事に集中しなければ。
だが、自分を見返す皆の視線の様子がおかしい。

 「どうした?」
ラチェットに顔を向けた。
「ええと…」
彼女はいい難そうに目をそらす。
ラチェットの様子に不信感を抱いて今度はジェミニを見た。
「あの…新次郎が…」
急いで客席を振り返る。
そこにはガランとした空間が広がっているだけ。
「な…新次郎?!」

 

 

 

 「すばるたん…」
昴が舞台裏に引っ込んでしまったのを見て、新次郎は心細くなった。
しかし、先ほどラチェットが昴に注意していた所をちゃんと聞いていたから、声をかけたりはしなかった。
どうやら自分のせいで、叱られてしまったらしい。
しょんぼりしていると、背後から声をかけられた。
「なあ、新次郎、ここにいても昴のジャマになるからさ、あたしとちょっと遊びにいかないか?」
後ろを振り返ると、そこには髪の長い知らない女性が立っていた。
見知らぬ人物に後ろに立たれて、新次郎は腰を浮かせた。
どうしても誘拐された時の事を思い出してしまう。

 「ああ、あたしだよ、新次郎」
にっこり笑うと、無造作に降ろしていた髪を後ろに引っ張る。
「ほら、ね」
「さじーたたん…」
ほっとして、椅子にストンと落ちる。
「なんだ、怖かったのか?」
新次郎は頷いてサジータにしがみ付いた。
「こわかった…」

 サジータは驚いていた。
新次郎が自分から抱きついてきたのは初めてだ。
本当に怖かったのだろう。
おそらく誘拐された時の事を思い出してしまったのだ。
それはサジータにも察しがついた。
なぜなら、以前昴に注意されていたのだ。
新次郎はあの時背後から襲われたせいで、後ろから声をかけられる事に敏感になっている。気をつけてやってくれ。と。
すっかり忘れていた。
まぁ結果オーライだ。おかげで初めて嫌がられずに彼を抱くことが出来た。
自分のせいで新次郎が怖がってしまったことは、とりあえず忘れることにする。

 「な、新次郎、あたしと一緒に来たら、バイクに乗せてやるからさ」
とっておきの秘策だ。その為に今日はわざわざバウンサーに乗って出勤して来たのだ。
だが、新次郎は首を振った。
「すばるたんは、ここでいいこにしていてくれっていっていましたよ」
まったく子供らしくない。バイクと言えば喜んで付いてくると思っていたのに。
「でもさ、ほら、ここにいると昴の気が散るからさ」
こんな大人の理屈が通用するとは思っていなかったが、
もう他に誘う文句もなかったので言ってみた。
すると、新次郎はサジータから離れて下を向いてしまった。
「ど…どうした?」
「ここにいたら…またすばるたんはしかられてしまいますか?」
悲しげなその様子に、サジータは自分の胸がキュンと鳴った音を聞いた。
「…さじーたたんといっしょにいきます」
「えっ」
驚いて見返すと、新次郎は座席をよじよじと登って、ひとつ後ろのサジータが立っている列に降りた。
彼女の横に立つと、自分から手を握って来る。
暖かでぷにぷにとした小さな手。
その感触に眩暈がしそうになる。
「ばいく、みせてくださいね」
見上げてくるその瞳に、サジータはうんうんと頷くことしかできない。
昴がこの子に夢中になっている理由が今はっきりとわかった。
持って帰りたい!あたしもこれ欲しい!
だが今はそんな場合ではないと首を振る。
急がなければ昴が戻ってくる。

 

 

 

 「ラチェット!」
サジータは客席から声をかけた。
「なあにサジータ、どうしたのそんな格好で…」
ライダースーツに髪を下ろした不良のような姿のサジータを見て質問する。
「ちょっと新次郎と遊んでやってくるからさ、昴に伝えといて、じゃ!」
言い捨てて、小脇に新次郎を抱えると、走り去ってしまった。
「えっ?!ちょっと!待ちなさいサジータ!自分で言ってよ!」
そんな恐ろしい内容を伝える役目は御免だ。
だが、サジータは速やかに視界から消えた。

 

 

 

 

 「と、言うわけなのよ…」
結局ラチェットは昴に伝えると言う迷惑な役目を果たした。
望んでやったわけではないが、新次郎が居ない理由を話さないわけには行かない。
昴をそっと見ると、案の定、不機嫌きわまると言う表情だった。
「でも、大河君、嫌がっていなかったみたいだがら…」
せめてひとつでもプラスになる材料を告げる。
「いや…」
昴は首を振ると、顔を上げた。
「一応キネマトロンで早く帰るように連絡してくれ、どこに行ったのかわからないと心配だ…」
ラチェットに向かって苦笑する。
「今のうちに進めよう。新次郎がここに居る限り、悲しいシーンを演じることは不可能だ」

 

 

 

 

 

 

 

サジータさん、新次郎拉致成功!
以前拍手で、髪を下ろしたサジータさんとちびじろーが会ったらどんな風になりますか?
と言うようなメッセージを頂いたので、
書いてみました。
関係改善への第一歩!(笑)
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