露天風呂のひみつ

 昴が新次郎を抱いてシアターに到着すると、
みんなは一斉に二人に駆け寄ってくる。
期間限定のちいさな新次郎に、少しでも触れておきたい。
「おはようございます昴さん、新次郎!」
「おはよー!しんじろー!」
口々に言って、彼の頭を撫でる。
そんな時、新次郎は助けを求めるように昴にしがみついてしまう。
大勢に囲まれることにどうしても緊張してしまうのだ。
「お…おはようございます」
それでも律儀に挨拶を返すところが皆の笑顔を誘う。

 昴が彼を床に降ろすと、新次郎はすかさず昴の背後に回って足にしがみついた。
「新次郎、そんなにくっついていたら歩けないよ」
苦笑して背中を押す。
「そうそう、たまにはあたしと一緒に遊ぼう」
サジータが新次郎を勢い良く抱きあげると、彼は驚いて声をあげた。
「は…はなしてください!」
泣いたりはしなかったが、どうも怒っているようだ。
手足をばたばたさせて、彼女の手から逃れようとしている。
「サジータ…君は少々乱暴なんだよ、もっとゆっくりと接してやってくれ」
暴れる新次郎に手を伸ばす。
サジータがしぶしぶ放すと、彼は昴の腕に飛び込んだ。
安心できる場所に到達したせいか、とたんにサジータに文句を言い出す。
「さじーたたんは、しょうしょうらんぼうです!ゆっくりしてください!」
昴が注意したことを繰り返して抗議する。
その様子がかわいらしくて他のメンバーは笑ってしまったが、
サジータは面白くなかった。

 「まったく…生意気なんだから…」
ぶつぶつ文句を言っていると、サニーサイドが現れて皆の様子を見渡した。
「やあ、おはよう諸君。今日も大河君を奪い合っているみたいだね」
ヘラヘラ笑う彼に気がついた新次郎は、
ぱっと顔を輝かせると、昴の胸から飛び降りてサニーに抱きついた。
「さにーたん!おはようございます!」
その光景が信じられずに一堂が唖然としていると、サニーサイドは余裕たっぷりに言い放った。
「おはよう大河君!どうやら君はこのメンバーの中で、一番!僕が好きみたいだね」
笑って腕の中の子供の頭をわしわしと撫でた。
サジータに負けない乱暴な扱いだったが、新次郎は先ほどとは違い、にこにこと彼の顔を見つめている。

 「サニー…貴様…新次郎をどうやってたぶらかした」
さっきまで自分の胸の中にあったぬくもりを奪われて、昴は不穏な声を出す。
一番好きとは聞き捨てならない。
「やだなあ、何にもしていないよ。僕と大河君はそんなに一緒にいる時間が長いわけじゃないし…男の友情かな」
サニーサイドは憎たらしいほど得意げな顔をしている。
「新次郎、もう行くぞ、おいで」
呼べばすぐに自分の所に戻ってくると思っていた昴だったが、新次郎は困ったような顔をしていた。
「さにーたん…きょうもおふろ…」
「もちろん一緒に入ろう!」
言って、ちらりと昴を見る。
「男同士裸の付き合いだ」
昴はサニーサイドを睨みつけた。
二人とも表面上はにこやかな顔をしていたが、
見えない火花がバチバチと音を立てているのが周囲の皆にはわかった。
ハラハラしながらも黙って状況を見守るしかない。

 そんな様子をまったく気にしていない新次郎は、サニーの腕から自分で降りると昴の元に駆け戻った。
「すばるたん!きょうすばるたんがおしごとのあいだ、さにーたんといてもいいですか?」
今度も皆は驚いた。
サニーサイドに新次郎がそこまで懐いているとは思わなかったのだ。
「だめだよ新次郎。サニーにも仕事があるんだから…」
抱き上げて頭を撫でたが、視線はサニーを睨みつけたまま。
なんだか不穏な空気が流れているらしいことに、新次郎も気がつき始めた。
「す…すばるたん…」
「ほらほら昴、そんなおっかない顔をしていると大河君が怖がるじゃないか」
サニーサイドは大げさに肩をそびやかす。
「今日は比較的暇だから、僕が大河君の面倒を見ているよ。昴は気にせず練習に励むといい」

 練習の間、昴は新次郎の事が気になって上の空だった。
出番がない時はイライラと歩き回って一時もじっとしていない。
「あのう…昴さん…そんなに気になるのでしたら少し休憩なさって、上にあがっていらしたら…」
ダイアナが提案すると、サジータも同意した。
「ほんとだよ…見ているこっちが落ち着かない」
だが昴は黙ったまま首を振った。
サニーサイドが何もしないで新次郎を手懐けられるはずがない。
何か…あざとい方法をつかっているはずだ。
絶対に突き止めてみせる。

 練習が終わると、昴はすぐにサニーサイドの元へ急いだ。
秘書室ではラチェットがなにやら困惑した様子で昴を迎え入れた。
「待っていたのよ昴…」
その顔を見て、とたんに昴は不安になった。
新次郎に何かあったのではないか。
やはりサニーサイドなどに彼を預けるべきではなかった。
そう思った瞬間、支配人室から子供の笑い声が上がった。
きゃははとはしゃぐ高い声。
まちがいなく新次郎だ。
ラチェットを見ると、彼女は困り果てたと言う様子で助けを求める。
「ずっとあの調子で二人で遊んでいるみたいなのよ…サニーはドアを開けるなっていうし…
それに…さっきは仕事中だっていうのに、お風呂に入ったりしていたのよ」
「すまなかった、ラチェット。すぐに新次郎をつれて帰る」
大股で支配人室の重厚なドアに歩み寄り、力いっぱいノックする。
「サニー!僕はもう帰る!新次郎を返せ!」

 すると、ドアの向こうでガタガタと何かを動かす音がして、
次には一転、しんと静まり返る。
もう一度ノックしようと拳を上げた所でドアが開いた。
「やあ昴!早かったね…」
サニーサイドはなにやらゼイゼイと息があがっている様子だ。
「何をしていた…?」
彼の行動はものすごく怪しい。
「ちょっと元気良く遊びすぎただけだよ、ね、大河君」
サニーの後ろに隠れるようにして、新次郎は顔をひっこめた。
やはりものすごく怪しい。

 「新次郎こっちにおいで」
にこやかな、笑顔。
新次郎は躊躇していたが、昴がしゃがんで手を差し出すと、我慢できなくなったように飛び込んできた。
いつもならこうやって呼べば、すばるたん、とか、おかえりなさい、とか、
何か言いながら抱きついてくる新次郎が、今日は無言でしがみ付いてきたので、昴はますます怪しんだ。
サニーを追求しようとしたその時、ふと甘い匂いに気がつく。
「新次郎…ちょっと…」
こちらを向かせると、なにやらモゴモゴと口を動かしているではないか。
「んん…んむむ…」
口いっぱいに何かを頬張って、昴に話しかけているようだ。
前を見ると、サニーサイドは忍び足で部屋を出ようとしている所だった。
「サニー!待て!」
襟首を掴んでやろうとしたが、新次郎を抱いていた事もあって、寸前で逃げられてしまう。

 昴は小さくため息をつくと、苦笑して新次郎を見た。
彼は今まさに、口の中の代物をようやくごくりと飲み下した所だった。
「ぷは…」
それなりに大変だったのだろう。目を白黒させている。
吐いた息は甘いバニラエッセンスの香りか。
「新次郎、サニーに何を貰ったんだい?」
彼を抱いたままやさしく聞く。
悪いのはすべてサニーサイドだ。
すると新次郎は悲しそうな顔で答えた。
「ごめんなさいすばるたん。おとこどうしのやくそくで、いえないんですよ」
「それで昨日も夕飯を少ししか食べなかったんだな…」
いつもなら御代わりを要求してまで沢山食べる新次郎が、
昨夜はほんの一口食事に手を付けるとそれきり食べなかったのだ。
心配になって熱を測ったり、早めに寝かせたりしたのだが…。

 「新次郎、こんなに早い時間にお腹いっぱいになるまで食べては体調を崩してしまう」
サニーサイドにもあとで改めて躾をほどこす必要があるだろう。
だが、とりあえず新次郎にだけでもきちんと話しておけば、明日からは自分で断ることができるはずだ。
彼は小さくても、約束の大切さを知っている。
「夕飯を食べなかったら僕は君が心配になる。夕べだって熱を測っただろう?」
コツンと額をあわせると、新次郎は眉根を下げて頷いた。
「ごめんなさい…」
申し訳なさそうな彼を見て、昴は怒りが沸いて来た。
新次郎にむやみに食べ物を与えた挙句、こんな顔をさせるなんて。
彼を降ろすと、サニーを探すべく後ろを振り返る。
するとそこに、ラチェットに腕を掴まれたサニーサイドが引き摺られるようにして戻って来た。

 「まだ仕事がいっぱい残っているんだから帰すわけにはいかないわよ」
厳しく言うラチェットに、サニーはあははと気の抜けた笑いを返す。
「あとで戻るからさ…今だけちょっと…」
またしても逃亡しようとするサニーサイドの眼前に立ちふさがる影。
見た目は小さくとも、巨大な何かが噴出しているような気がする。

 「サニーサイド、新次郎に何をどれだけ食べさせた」
低い声で問い質す。
「やだなあ…ちょっとおやつをあげただけだよ」
「なら、新次郎に聞いてもかまわないな?」
鉄扇を引き抜くと、サニーの目の前に突き出す。
「いや…ほら子供は大げさだから…」
言いよどむサニーを無視して、新次郎に向き直る。
「新次郎、サニーは新次郎が何を食べたか、僕に教えても良いと言っている。教えてくれるかい?」
新次郎は昴を見て、サニーサイドを見て、横で聞いているラチェットを見た。
「話していいのよ、大河君」
ラチェットもにこやかに微笑む。
もう一度昴を見ると、頷いて話し出した。
「あたりがでてくる、くっきーですよ」
サニーは頭を抱えた。

 「おみくじクッキー?」
言い直して聞くと、新次郎はうれしそうに頷いた。
「いっぱいもっているんですよ!さにーたんは!」
一度話し出してしまえば、もう止めるものはない。
「あたったら、ほんとうはもうひとつなんですけど、さにーたんは10こもくれるんですよ!」
「10個ね…」
「でも、たくさんあげるのは、ほんとうは…ええと…るー…るーるが…」
言葉を忘れて眉間に小さなしわを寄せる。
「ルール違反?」
昴が助け船を出すと、新次郎はうれしそうに笑って、昴に抱きついた。
「そうですよ!そのるーるがいけないので、おとこのひみつです!」
「お風呂場では何を?」
今度も新次郎はうれしそうだった。
「あたったくっきーとじゅーすを、おぼんにうかべて…ええと…ふー…ふーりゅーなんですよ!」
今度は自分で言葉を思い出し、それがまたうれしかったと見えて、昴に頬ずりをする。
「こんど、すばるたんもいっしょにやりましょうね!」
暖かで、柔らかな頬の感触に、思わず昴は目を閉じた。
かわいい新次郎。
この子をたぶらかしたりする奴は絶対に許さない。
たとえ上司でも。

 

 

 昴は抱いていた新次郎をラチェットに預けた。
「新次郎、ちょっとの間、ラチェットと遊んでいてくれ」
不思議そうな顔をして頷く彼にキスをする。
「昴、サニーはまだ仕事が残っているから、働ける程度に手加減してね」
ラチェットは一応、と言う感じで言い置くと、新次郎を抱いて出て行った。
残されたのは二人。
「あのさあ昴…」
「なんだ」
返答はたったの3文字。
「おみくじクッキーを箱で沢山買ってさ…」
「それで?」
またしても、3文字だ。
「なかなか当たりがでないんだよこれが、それで仕方なく箱で買ったんだけど…やけになって10箱ぐらい買っちゃったんだよね…」
「だから?」
今度も、重低音で。
「もったいないしさ…大河君好きそうだったから…」
昴の右手に握られた凶器が、返事の代わりに鈍く光った。

 

 

 帰り道、昴は手を繋いだ新次郎に話しかける。
「いいかい新次郎、今度から、誰かに何か貰ったら、必ず僕に言うんだよ」
彼はそれを聞くと真剣な様子で頷いた。
「わかりました。すばるたんにかならずいいます」
本当にまじめに返事をする彼がかわいらしくて、頭を撫でる。
「いい子だね。クッキーが好きなら、今度おやつに買っておくから一緒に食べよう」
それを聞くと、新次郎は少し困ったような顔をした。
「おゆうはんがたべられなくなったら、すばるたんはしんぱいしますよ?」
やさしいその答えに、微笑んで、額にキスを落とした。
「少しなら大丈夫。僕も新次郎とおみくじクッキーを食べてみたい」
サニーサイドだけがこの子と楽しんでいたなんて悔しい。
そう言うと、新次郎はうれしそうに笑った。
「しんじろーはあたりをだすのがじょうずですよ!」
その時の事を思い出したのか、スキップするように昴の周りを跳ねた。
「あたったらすばるたんにあげますね!しんじろーはさにーたんより、う…うんが…」
「運が良いのかな?」
「そうです!」
答えを聞いて、昴に抱き付く。
暖かな体を抱き上げて昴は思う。
…本当に運が良いのはこの僕だ。

 

 

 

 

 

 

本当に運が悪いのはサニーサイド…。

安倍川様にキリリク頂いた、『ちびじろーが他の人と仲良くしてて嫉妬する昴』です。
やきもちと言うより、そんなん通り越してすっかり怒っています。
個人的にはほっぺすりすりが…まろやかそうでうらやましいデス。

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違う人のパターンも書いてみたいです。ジェミニとかだったら昴さんも怒れまい。

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