閑話2

 昴が舞台の練習をしている間、新次郎は大抵の場合客席でそれを見ていた。
しかしそこはやはり小さな子供で、いつも途中で居眠りを始めてしまう。

 あともう10分ほどで稽古が終わるという頃、
椅子から半分ずり落ちたような状態で眠っている新次郎に昴は気が付いた。
邪気のない寝顔に、舞台の上から思わず微笑む。
だが、今日は本番直前の練習で、衣装をつけたリハーサルをしていた為、
重い着物を着ていた昴は、簡単には舞台へ降りることが出来なかった。
しかし放っておいてはやがて椅子から落ちてしまう。
それはそんなに先の事ではなさそうだった。

 苦笑して、なんとか舞台から降りようとする昴に、
もうリハーサルを終え、着替えもすませたサジータが声をかけた。
「あたしが舞台裏まで抱えていくから、昴はそのまま稽古を続けてな」
そう言うと、ツカツカと新次郎に近づく。

 「サジータ、君が抱き上げて、もし新次郎が起きたりしたらちょっとした騒ぎになると思うよ」
新次郎はサジータに懐いていない。彼女の顔を見るといつも昴の後ろに隠れてしまう。
「だからさ、まだあたしは一回も新次郎を抱っこした事ないんだよ」
そう言って、すうすうと寝息を立てる新次郎をそっと抱き上げた。
起こさないように、細心の注意を払って。

 「起きるなよ、今あんたのすばるおかーたんの所に連れてってやるからさ」
客席を回って、舞台袖に向かう途中の通路で、新次郎はむずがってなにやら寝言を言っていた。
はっきりとは聞こえなかったが、すばるたん、とか、じぇみにたん、とか、
星組のメンバーの名前を呼んでいるようだ。
「夢でも見てるのかな」
ぷにぷにと頬を突くと、今度ははっきりと、「すばるたん」と言いながら、
しがみ付いて来た。

 「なんだか妬けるな」
そう言って、突いていた頬を、むにっとつまむ。
「あはは、へんな顔」
すると新次郎は、うーんと唸ってもう一度寝言を言った。
「うう〜やめてください〜さじーたおば…」

 昴はリハーサルを終え、サジータが新次郎を連れてくるのを舞台裏で待っていた。
遅い。
イライラと歩き回っていた時、
大音量の泣き声がシアターに響き渡った。

 「うわあああーーーん」
「何回言わせりゃわかるんだ!あたしはおばさんじゃな…」
またしても新次郎をポカリとやってしまったサジータは、怒りに任せて説教していたが、途中で我に返った。
やばい。
泣き喚く新次郎を床に下ろし、言い訳する。
「な…泣くな新次郎、あんたが悪いんだよ、あたしの事をまたおばさんとか言うからさ…」
必死で泣き止ませようと努力をしていたその背後に、
ただならぬ気配を感じて呼吸が止まる。

 「サジータ…」
怖い。ふりむけない。
強大な霊力があふれ出て、飲み込まれそうな迫力だ。
もちろんそんな恐ろしい力の所有者は一人しかいない。
後ろを見ずともわかる。昴が背後に立っている。

 だが、そんな様子にはまったく頓着せず、新次郎は泣きながら昴の元へ走った。
彼は昴の怒りに溢れた霊力をまったく恐れていないようだった。
すかさずしがみつき、しゃくり上げながらサジータの悪行を言いつける。
「さ…さじーたたんが…しんじろーを…ぶったんですよ…!」
昴が抱き上げると、ますます強くしがみついて来る。
「しんじろーはなにもわるいことしていません!」

 その言葉に、今度はサジータが反論する。
「悪いことならしたよ!あたしのことを寝言でおばさんって言ったんだ!」
そのとたん、昴はギロリとサジータを睨んだ。
その迫力に一歩後じさる。
「…寝言で…?」
「そ…そう…寝言で…」
しまった。
寝言の部分は伏せておくべきだった。

 「そうか、良くわかった」
昴は胸元から静かに鉄扇を引き抜いた。
サジータはごくりと息を飲む。
だが、新次郎はそれを見ると慌てて昴を止めた。
「だ…だめですよ…すばるたん!」
大人二人は驚いて新次郎を見る。
「どうした、新次郎、あのわるーいサジータお・ば・ちゃ・ん・に、僕が躾をしてあげるよ」
事の外おばちゃんの部分を強調しながら迫ってくる昴に、サジータはじりじり後退する。

 以前、新次郎は、昴が鉄扇を使用している所を見た事がある。
その時も、相手はサジータだったが。
鈍く、黒く、重い光を放つ鉄扇は、小さな子供から見ても、非常に危険そうな代物だった。

 「それでぶったらいたいですよ、すばるたん、しんじろーはもうへいきですから!」
必死で止める新次郎の頭をなでると、鉄扇をしまい、微笑みかける。
「わかったよ、新次郎、本当にいい子だな」
とたんにさっきまでの殺気が霧消する。
サジータがほっと胸を撫で下ろすと、新次郎はすかさずサジータに言い放った。

 「さじーたたんは、しんじろーにあやまらないといけません!」
「なんだって!なんであたしが…」
勢い良く言い返そうとして止まる。
「サジータ、僕がむりやり謝罪させてやってもいいんだぞ…」
またしても剣呑なオーラがにじみ出ている。

 「い…いやだよ!あたしはあやまらないからね!」
サジータは言い捨てると脱兎のごとく逃げ出した。
二人が呆然と彼女を見送っていると、騒ぎを聞きつけたダイアナが現れた。

 「どうなさったんですか?」
不思議そうにしている彼女に、新次郎を差し出す。
「いや、なんでもないんだけど…ちょっと新次郎を抱いていてくれないか?」
「かまいませんけど…」
ダイアナが新次郎を受け取ると、彼は少し不安そうな表情をした。
「すばるたん、どこに行くんですか?」
そんな新次郎に、昴は極上の笑顔を向ける。
「ん?すぐ戻るよ、ちょっと…片付け物を…」
そう言うと、新次郎の頭を撫でて歩み去ってしまった。

 

 

 

 

 サジータは後ほど、たんこぶのできた後頭部を撫でながら語った。
「公演が間近で良かった……じゃなかったらこんなもんじゃ済まなかった…」

 

 

 

 

サジータ新次郎抱っこ達成!(?)
前に描いた、新次郎のサジータおばちゃん発言漫画の、最初のネームに近いお話しです。
新次郎が、昴を止める。
止め切れていないけど。

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3発殴打が2発ぐらいに?

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