冬の大事件 11

 

 露天風呂へと到着した新次郎はサニーサイドに言われたとおり脱衣所でタオルを探した。
目当ての物を見つけると、手に入れたフェイスタオルに顔を押し付ける。
「えへへ、ふわふわ、いいにおいー」
洗ったばかりではなかったし、寒い場所に置いてあった物なので、本当はふわふわでもないし、
別段良いにおいでもなかったのだが、子供らしい一人演技で頬を摺り寄せた。
「あとはー……。えっと、せんめんき!」
サニーが洗面器を何に使うのかはわからなかったが、頼まれた物は持っていかなければならない。
小走りで浴室に入って洗面器を掴むと、目の前に昨晩自分が作った雪ウサギが置いてあった。
「あ! うさぎたん!」
新次郎はもう一つ洗面器を取ってくるとそちらにウサギを一匹、もう片方にタオルを畳んで入れ、大事に抱えて歩き出す。
司令室へと戻る途中で立ち止まり、エレベーターの正面を向く形でウサギを置いた。
「うさぎたんはここにいてね!」
にこにこしながら雪ウサギの頭を撫でて、新次郎はサニーの元へと向かった。

 さっきと同じようにタオルを濡らし、自分ではしっかりと絞ったつもりのそれを洗面器に入れて戻る。
「さにーたん、ちいさいたおるですよー」
「ああ、ありがとう……」
呻くように言ってサニーサイドはフラフラと長身を起こす。
新次郎が持ってきた洗面器にびしょびしょのバスタオルを入れ、次にフェイスタオルを掴んでしっかり絞り、
興味深げに見守っている子供に向かってニヤリと笑った。
「アリガトウ大河君。ボクは大丈夫だ。みんなもうすぐ来るだろうからその辺で遊んでていいよ」
「はーい!」
元気良く返事をされると今のサニーには少々頭に響いて辛かった。
いつもなら体を投げ出すように横になるのだが、今日は頭部を揺らさないように慎重に仰向けになる。

 頭はガンガンしていたし、ひどい寒気がしたが、昨晩心配したような事態にならずに安堵もしていた。
すなわち、新次郎が風邪をひいて、サニーサイドが昴に叱られるという事態には。
「大河君に風邪ひかせたらもっと大変だからねえ……」
昴に何を言われるかなど、恐ろしすぎて想像したくない。
呟いてから新次郎が用意してくれたタオルを頭に乗せたが、期待したような冷たさがない。
どうやら少しばかり絞りすぎたようだ。

 

 

 サニーサイドがタオルを額に乗せたままうとうとしていると、新次郎が再び扉を開けて戻ってきた。
手にはさっきと同じく露天風呂で使う木製の洗面器。
「洗面器はもういらないよ?」
「うさぎたんがはいっているんですよ」
新次郎はそう言うとサニーの横になっているソファの脇に洗面器を置いた。
「なかよくしてくださいね」
「アハハ、ドウモアリガトウゴザイマス」
「どういたしまして!」
新次郎はぺこりと頭を下げて今度は洗面所へと入っていった。
戻ってきた彼の手には、新次郎が普段使っているプラスチック製のカップ。
「おかぜのときは、おゆをのむんですよ」
サニーは苦笑して体を起こす。
彼に面倒を見てもらう事態になるとは正直思っていなかった。
「それじゃ、しんじろーはあそんできます! さにーたんは、ちゃんとねているんですよ!」
「……ハイ。イッテラッシャイ」
新次郎が出て行ってから、サニーサイドは新次郎が持って来た、熱めの湯を飲んだ。
弱った体に即座に沁み込んでいくように感じる。
「ふう……。小さくても大河君は大河君なんだねえ……」
なんだかとても感慨深い。
今ここに元の彼がいたら、同じように世話をやいてくれるに違いなかった。
世話の程度ももしかしたら大して違わないかもしれない。

 新次郎は前日に昴が買ってくれた防寒着をしっかりと着込み外に出た。
またしてもボタンが一個ずれていたが、やはり気にしない。
まだ雪はたっぷり残っている。
けれども新次郎は再び露天風呂へと駆け込むと、昨晩作った雪ウサギを一個手に取り、崩さないようにり慎重に歩いて戻った。
作ってから一晩経った雪ウサギはすっかり硬く凍っている。
その凍ったウサギを、エレベーターの前へ、降りてきた人を迎えるような向きで最初に置いたウサギと並べた。
「えへへ、ふたっつあればさみしくないよ」
よしよしと頭をなでて、また戻る。
露天風呂には夕べ作ったウサギがまだ数羽残っていた。
一つずつ手にとっては屋上のあちこちに並べていく。
テラスのテーブルの上には大きめの物をみっつ。
そこに至るまでの通路にもふたつ。
ウサギが尽きると、残っていた雪でまた作り始める。

 新次郎は前日に昴と話した事を覚えていた。
ウサギを沢山作ると約束したのだ。
「いっぱいつくんなきゃ!」
夕べは作っている途中で凍えてしまったが、今は温かい服を着ていたし天気も良い。
新次郎はせっせと雪ウサギを作った。
「そうだ! しんじろうのうさぎたんもつくろう」
新次郎は小さめの雪球に目と耳をつけてテーブルの上のウサギ達の真ん中に飾った。
「そんで、こっちがすばるたん」
自分を模したウサギよりも、いくらか大きめのウサギも作る。
「あはは! おおきいのはさじーたたんと、じぇみにたんと、だいあなたんですね」
リカが足りない事に気がついて、もう一つ小さいウサギを作る。

 テーブルの上はたちまちウサギでいっぱいになった。

 

ウサギの王国。

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結局うちの方では今年雪が降りませんでした。

 

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