冬の大事件 10

 

 「さにーたんさにーたん」
「うーーん……」
早朝、新次郎はいつも自分が目覚める時間になってもソファの上で眠っているサニーサイドを揺り動かした。
「まだおきないんですか?」
「まだはやいよー……」
「しんじろうはおきてていいですか?」
「いいよ……」
返事と共に再び寝息。

 サニーの長い足の片方がソファから落ちてかなりあられもない格好になっている。
室内には暖房が丁度良い温度を保っていたからそれで寒いわけではないが、
新次郎はサニーの足を両手で持ち上げ一生懸命ソファの上に戻そうとした。
「んしょ……んしょ……。でっかいあんよですねえ」
なんとかソファの上に持ち上げて、自分が使っていた毛布をはみ出した足にかける。
サニーサイドは眉を寄せて唸った物の、起きる事はなかった。

 「さにーたんはおねぼうなんですね」
新次郎は一人でとことこと歩き、前日にテーブルの上に畳んでおいた自分の服を着た。
ボタンが一箇所ずれていたが、それ以外は一人でちゃんと着られたので、満足そうな笑顔になる。
着替えてから司令室と隣接しているトイレに入り、広い洗面所でばしゃばしゃと顔を洗った。
服も床もかなり濡れたが、そんな事は気にしない。盛大に水を出して威勢よく洗う。
「あ! たおるどこだろう!」
タオルは洗面台の上の棚に畳んで置いてあった。
当然新次郎には届かない。

 新次郎はタオルを諦め、しばし考えてからぶるぶると顔を振った。
「えへへ、わんこみたいですね」
実際には水分のほとんどが顔に残ったままだったが、あまり気にする様子もない。
置いてあったヘアブラシで髪を梳かし、サニーの元へ戻る。
頭の後ろはまったく手付かずだったせいで寝癖のままだ。

 「さにーたん、しんじろうはおしたくできましたよ」
「……ボクはまだ寝てるよ……」
「おきないとちこくですよ」
普段昴に言われている事をここぞとばかりに言い放つ。
サニーサイドは布団の中に潜り込んでしまった。
「ここはもうシアターなんだから、遅刻はしないよ……。頭が痛いんだもうちょっと……」
「あたまがいたんですか?」
新次郎は手を伸ばしてサニーの額に触れた。
「うーん……よくわかんないけど、おねつですよきっと」
新次郎はそう言うと急いで洗面所に戻って上を見上げる。

 「たおる……」
背伸びをしても到底届かない。新次郎は意を決して靴を脱ぐと洗面台を登りはじめた。
「よい……しょ……」
洗面所は大理石で出来た立派なつくりだったから壊れたりはしないが掴まる場所がない。
「ううーん」
蛇口に掴まり体を引き上げ、片足を台の上にのせてよじ登る。
体が軽いのでそれほど苦もなく、新次郎は洗面台の上に乗った。
そこからタオルの乗っている網棚まで手を伸ばすが、惜しいところで届かない。
「もうちょっとなのにー」
新次郎は辺りを見回し、歯ブラシを手に取った。
それを使ってタオルを下から押してじわじわと動かしていく。
「ううー……」
なかなかの重労働だったし、かなり時間がかかったが、タオルは無事に落ちてきた。

 「えへへ、よーし」
登った時と同じように蛇口に掴まり片足を伸ばして慎重に降りる。
洗面所の排水溝に蓋をして水を溜め、そこに入手したタオルを漬け込んだ。
「あれれ、ちょっとおおきいですね」
新次郎が手に入れたタオルはフェイスタオルではなくバスタオルであった。
流し台から布が溢れている。
「でもこれしかないし……」
新次郎はタオルをすっかり濡らすと、力を込めてぎゅうぎゅうと絞り、再びサニーサイドの待つ部屋へと戻った。

 絞りきれていない水分が床を濡らして新次郎の通ったあとに残ってしまう。
「さにーたん、まだおねんねですか?」
小さい声で聞いても返事はない。
「おねつのときはおでこをひやすんですよ」
新次郎は苦労して作ってきた濡れバスタオルをサニーサイドの顔面に乗せた。
「ぎゃっ!」
びしょびしょに濡れた布を顔全体に乗せられてサニーサイドは悲鳴を上げて飛び上がる。

 「ねてなきゃだめ!」
「あ、ありがとう大河君……。でもこれ……」
「おでこをつめたくするんです!」
「随分大きいけど……」
「それしかなかったんです」
「びしょびしょじゃない?」
「ぬれてないとだめなんですよ」
「……」
サニーサイドは諦めてその布を目の上から額にかけて覆うように被せた。
たしかに冷たく湿った布は気持ちがいい。
しかしあんまりびっしょりなので、かえって風邪が悪化する気もした。
布から溢れた水が耳の方まで垂れてくる。
サニーサイドは思わず笑ってしまった。
きっと、誰かが見たらさぞかし面白い光景だろう。
「あのさ、大河君、悪いんだけど露天風呂にいって小さいタオルで同じの作ってきてくれる? あとさ、洗面器も持ってきて……」
「はーい!」

 新次郎はサニーに言われると駆け足で部屋を出て行った。

 

濡れタオルを顔に。
殺す気だったのか。

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新次郎の看病

 

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