冬の大事件 9

 

 昴は一人きりでベットに横になって天井を見つめていた。
久しぶりに自分だけで占領するベットはやけにだだっ広く感じる。
帰宅してからは熱さましの薬を飲んでずっと安静にしていたけれども、
そのせいで余計に室内がシンと静まり返っているように思えた。

 昨日までは何をしていても新次郎の姿が視界に入っていた。
というよりも、常に視界に入っているように気をつけていた。
だからと言うわけではないが、今日は新次郎が居ないとわかっているのに、
つい姿を探してしまう自分に気が付き、なおさら孤独が募って無性に寂しかった。

 昴は息苦しさを感じて寝返りを打つ。
体はだるかったが眠れない。
新次郎の事が気になって仕方がなかった。
今頃どうしているだろう。ちゃんとサニーの言う事を聞いているだろうか。
それともサニーサイドのことだから、一緒になって遊んでいるかもしれない。

 それならそれでかまわない。
昴は額に乗せた濡れたタオルを自分でひっくり返す。
いくらか乾いてきていたが取り替える気力はない。
新次郎が楽しく過ごしてくれていればいいのにと、再び彼の事を思う。
昴の家に戻りたいなどとは思わずに、元気に過ごしてくれていれば、多少羽目を外してもいい。
そう思ったからサニーサイドに預けた。

 時計の秒針が触れる音がやけに大きく聞こえた。
部屋中にチクタクと言う耳障りな高音が反響しているように思えて枕で耳を塞ぐ。
ベットの真ん中を占領していると落ち着かなかった。
昨日までは二人で共有していたスペースなのに。

 昴は腹立たしげに溜息をついて上半身を起こす。
ちっとも眠れない。
枕もとのキャメラトロンを手に取るとサニーサイドに向けて簡潔な文章を送った。
(新次郎は大人しくしているだろうか。僕は順調に回復している。明日は普通に出勤するつもりだ)
通信を送ると小さな機械を手に持ったまま再び横になる。
彼が一日不在というだけでこんなに孤独を感じるとは思っていなかった。

 以前から、新次郎が元に戻ってホテルを出て行った時、どんな風に感じるだろうかと思っていたが、
今少しだけそれがわかった気がした。
とてつもない孤独感。そして喪失感。
代わりに元の大河が戻ってくれるのだと思うといくらか安心できたが、
それでもホテルでの同居人がいなくなってしまうのは寂しかった。
一人きりでこの部屋で過ごす事はしばらくの間辛いだろう。
今までも彼が元の姿に戻ったら一緒の部屋で生活したいと提案してみよう、などとぼんやりと考えてはいたが、
具体的に検討する段階に入ったかもしれないと昴は思った。
まだ大河にはなにも相談していないけれど絶対に納得させて見せる。
新次郎のいなくなった場所を埋めてくれるのは、同じ人物である彼以外には考えられないのだから。

 「君の責任だからな……」
新次郎を預かったせいでこんな寂しさを味わわなければならないのだから、彼にはそれ相応の対価を払ってもらわなければ。
ぶつぶつ独り言を言っていると、キャメラトロンが唐突に音を立てた。
握ったままだったそれを急いで確認して微笑む。
(大河君はボクの目を盗んで布団の中でラクガキしてるよ。雪のウサギを沢山作ってご満悦のようだ。明日は無理せずゆっくり来るといい)
サニーサイドが寄越してくれた返信は昴の心を落ち着けてくれた。
新次郎が布団の中で絵を描いている様子を想像する。
まだいつも寝る時間には少し早かったから眠れないのだろう。
雪ウサギを作っている様子は昼間見ていたので具体的な姿が想像できた。
熱心に雪を集め、集中して形を整えていく真剣な姿は元の大河新次郎を思わせる。
しかしさすがの昴も、実際には雪ウサギを作っている間新次郎が裸だったとは想像していなかった。

 

 「ふう。昴が細かく質問してこなくて良かったなあ」
サニーサイドは心底安堵したというように背もたれに体を預けた。
風呂はどうだったか、などと聞かれなくて本当に良かったと安心する。
気が緩んだその瞬間、唐突に体にぞくぞくと寒気が走った。
「へっくしょん!」
「さにーたんもくしゃみですか」
「さっきの風呂でちょっと冷えちゃったみたいだね。ああ、そうだ大河君、今度誰かがくしゃみをしたら……」
「くしゃみをしたら?」
新次郎はうつ伏せになったまま腕を伸ばして布団から顔をあげた。
「くしゃみした人に、BlessYouって言ってあげるといいよ」
「ぶれ……」
「ブレスユー」
サニーサイドは机の上に残っていた書類をまとめた。
「くしゃみをするとその隙に悪魔が入ってくるかもしれないからね。幸運を、って言う意味のおまじないさ」
「あくま……ってなんですか?」
「うーん、悪い事をするモンスターってところかな。すごく強いお化けみたいな」
新次郎は布団のなかで飛び跳ねた。
「お化け!? そんなのが入ってきちゃうんですか!」
「だからよろしく頼むよ。重要な任務だ」
「は……はい! ぶれ……ぶれ、しゅー」
新次郎は真面目な顔で返事をしてから目を潤ませた。
「しんじろーがくしゃみしてもいってください。さにーたん」
悪魔と言う物が具体的にどんな代物かは知らなかったが、お化けと聞いては冷静でいられない。
「OKまかせておきたまえ。さてと、ボクももう仕事する気力がなくなった。布団に入って何かTVでもみながら寝てしまおう」

 サニーサイドは新次郎の隣のソファに横になる。
長身のサニーサイドでも十分に足の納まるサイズのソファだ。
寝るのに何の問題もない。
普段よりもずっと早い時間なのに眠い。体はゾクゾクと寒気がしていたし、本当に風邪を引いてしまったのかもしれない。
「はっくしょん!」
「ぶれしゅー!」
すかさず新次郎が顔をあげて声を出す。
「はは! アリガトウ」
サニーサイドは頼もしい味方を得た気分で目を閉じた。
昴も普段こんな気分で過ごしているのだろうか。
そうなら今頃はさぞかし心細い思いをしているかもしれない。

 

私がアメリカに行ったときも、くしゃみをすると必ず近くの人が、BlessYouと言ってくれました。
鼻炎なのでくしゃみは年中発射しております。
まったく見知らぬ他人にも言ってあげるおまじないだなんて楽しすぎる。
もっとも最初に渡米した時は、意味がわかっていませんでした。
ただくしゃみをした私を心配してくれて、声をかけてくれたのだと思っていた。
面白い風習ですよね。

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ひょろっとしている辺りが。

 

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