冬の大事件 8

 

 露天風呂の隅で新次郎はせっせと雪ウサギを作っていた。
段々熱中してきたようで、徐々に体を湯船から乗り出す。
ウサギの目の部分には露天風呂の隅に生えていた赤い木の実を埋め込んでいた。
「へっくち!」
新次郎はいつのまにかすっかり風呂から出てしまっていた。
しかしまったく気にした様子もなくそのままウサギを作り続ける。
「へっくちん!」

 もう一度大きなくしゃみをした時、暢気に酒を飲んでいたサニーサイドは振り向いた。
気がつけば預かった子供はガタガタ震えながら風呂の外で遊んでいる。
「あちゃー」
久しぶりに、サニーサイドは自分の失敗をまずいと感じて額に手を当てた。
普段の彼は多少の失敗には目を瞑る主義だ。特に自分に関しては。
しかしこれは少々まずい。

 「大河君!」
「は、はい」
返事の声は寒さで震えている。
「早く湯船に入りなさい!」
その言葉を聞くと、新次郎は大慌ててサニーサイドの元に駆けて来た。

 「あーあー、すいぶん冷たいなぁ」
新次郎を抱いて湯船につけると、その肌がすっかり冷え切っている事が良くわかった。
「さ、さむいです。さにーたん……」
子供は小さな奥歯をカチカチと鳴らしてしまっている。
こんなになるまで熱中出来るとは。サニーサイドは逆に感心してしまった。
子供というものは良くわからない。
自分が小さかった頃はもっとずっと精神的にドライだったように思う。
そういえば、小さかった頃の友人達はみんな、こんな風に夢中になって何かで遊んだりしていたような記憶がある。
流行のおもちゃで暗くなるまで遊びまわったり、贔屓のフットボールチームをめぐって殴り合いの喧嘩をしたり。
サニーはそのような物にあまり興味がなかったので加わらなかったが、新次郎は年相応に夢中になれる物があるのだろう。
たとえば裸で行う雪のウサギ製作。
サニーサイドは苦笑した。
やはり良くわからない。
「ほら、肩まで浸かってよく温まって」
「は、はい」
新次郎は肩までどころか鼻の下まで湯に浸かった。
すぐにじわじわと湯の温かさが沁みてくる。

 こんな事で新次郎に風邪をひかせてしまったら昴に殺されてしまう。
サニーは新次郎が十分に温まったのを見計らうと、持ってきた食器類はそのままにして風呂を出た。
「あ、さにーたん、うさぎさんをもってこなきゃ」
「あとにしなさい」
めずらしくきっぱりと言って急いで服を着せる。
なにせ自分の身の安全がかかっているので甘くは出来ない。
サニーの方はずぶぬれのままだったので、冷たい空気がたちまち体を冷やしていくが、
そんな事に構っている余裕はなかった。

 「へっくち!」
服を着せている間も新次郎はくしゃみをした。
湯から上がってまた冷えたせいだろう。
「あーあー……。まいったなあ、風邪ひかせちゃったかな……」
「おかぜですか? しんじろうはひいていませんよ。……へっくち!」
鼻を啜る新次郎を抱き上げると、サニーサイド自身は腰にタオルを巻いただけの格好で司令室へと戻った。

 「ボクも服を着てくるからTVでも見て待っているんだよ」
「はーい!」
すっかり温まった様子の新次郎は元気良く返事を返し、
それとは反対にサニーサイドは冷え切った体を震わせながら再び凍える脱衣所へと戻った。

 サニーは自宅に帰るのが面倒な時はいつも司令室に泊まってしまっていた。
十分に暖房が効いていたし、泊まるための道具もそろえてある。
今日は新次郎もいるしここに泊まってしまうつもりだ。
設定されている室内温度をいつもよりも上げて温かくし、毛布を持ってきてソファの上に敷く。
「はい。子供は早く寝て」
「え?! まだねむくないですよ!?」
新次郎は目を丸くする。
まだ8時にもなっていない。
いくら新次郎でもまだ寝るには早い時間だった。
いつもなら昴と一緒に蒸気テレビなどを見ている頃だ。
「言う事聞かないと昴に言いつけちゃうよー」
「ええー?!」

 新次郎はしぶしぶ布団にくるまった。
サニーのいう事を聞くようにと昴に言われているので仕方がない。
けれども眠くないし、部屋も明るいので全然眠れなかった。
臨時の保護者、サニーサイドは机に向かって仕事を続ける事にしたようだ。
そっと手を伸ばしてソファの前にあるテーブルの上のらくがき帳を取る。
「えへへ……」
新次郎はふとんに埋もれたままこっそりさっきのらくがきの続きを描き始めた。
足元に、白いウサギを沢山書き加えて。

 

新次郎は結構丈夫です。
実家では甘やかされつつもぞんざいに扱われていたかもしれない。

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次回はさみしい昴さんの様子を。

 

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