冬の大事件 7

 

 「ねえねえ、さにーたん、すばるたんあしたはげんきになってるかなあ……」
シアターの司令室で、新次郎はソファに座ってクレヨンで落書きをしていた。
手元の紙には、自分と手を繋いだ昴。それから今日リカと作ったゆきだるまの絵を描いていた。
もっとも本人以外に何を描いたかわかる人物はあまりいなかったが。

 「そうだねえ、まあ昴の事だからいつまでも風邪にやられてたりはしないさ」
サニーサイドは最後の書類をトントンとまとめ立ち上がる。
「ボク達も風邪をひかないように風呂に入るとしよう。ユキミブロ、さ」
「ゆきみぶろ、ですか?」
「おや、日本では雪を見ながら入る風呂の事をそういうんじゃないのかい?」
サニーサイドは新次郎を抱き上げて聞いた。
「しんじろーはしりません。すばるたんだったらしってるのにな」
何か話しをするたびに、新次郎は昴の事を思い出してしまう。

 サニーサイドは新次郎を脱衣所に降ろして、少し待っているように言いつけた。
「飲み物と食べ物をとってくるからね」
「おふろでたべるんですか?」
「おや、それも日本の風習だと思っていたんだけど、おかしいなあ。まあいいか、すぐ戻ってくるから待っているんだよ」
サニーはそういい置いて、自分の部屋へと戻る。
頼んでおいたピザを温めなおし、自分には日本酒を。新次郎にはホットミルクを用意した。

 準備している間、サニーサイドは楽しげに鼻歌を歌う。
いつもは一人で味気ない食事をしていたが、たまにはこういうのもいい。
新次郎が子供でたまたま機会があったからこんな事態になったが、
彼が大人に戻ったら、やはり一緒に風呂に入り、裸の付き合いをしてみるのも悪くないかもしれない。

 漆塗りの盆に準備した食事をのせて脱衣所に戻ると、新次郎は床の上に膝を抱えて丸まっていた。
「おや、どうしたのかな?」
「さ、さむいです!」
サニーサイドは瞬きをして持ってきた盆を置くと、急いで新次郎を抱き上げた。
確かにすっかり冷えてしまっている。
「こりゃまずい。早く風呂に入ろう」
新次郎が小さい子供だと言うことをすっかり失念していた。
ましてや今は外出用の格好ではなく、普通の室内着であったから、雪の降った夜の冷え込みには少々厳しい。

 サニーは手早く新次郎の衣服を脱がせると、自分は服を着たまま露天風呂へ向かった。
「じめん、ひゃっこいですね〜……」
冷たい床に、新次郎は震えている。
サニーは手桶に湯をくみ上げ、新次郎の下半身から流してやった。
いきなり全身に湯をかけると温度差がありすぎて危険だったからだ。
ようやく肩まで湯をかけて暖めやり息をつく。
「ほら、もういいから先にお風呂に入りなさい」
「はーい!」
元気良く返事をして、新次郎は足の先端から慎重に湯船に浸かった。
どんな時でも勢い良く湯船にダイブしたりはしない。

 サニーは彼の様子を見守ると、脱衣所に戻り、自分も服を脱いで用意してきた盆を持ちあらためて露天風呂へと向かう。
脱いでしまうと確かに猛烈に寒かった。
一応人が通る部分は雪をどかしてあるが、それ以外の地面にはまだ深く雪が残っている。
石畳の床は氷のように冷たい。

 湯船に入るとようやく人心地がついた。
「ふう〜……」
「はぁ〜……」
二人して長々と満足の溜息を吐き、口元まで温かい湯に沈む。

 「ほら、今日の夕飯だよ」
「ぴざだ! しんじろーはまだいっかいしかたべたことありません」
普段昴はあまりジャンクな食べ物を新次郎に与えなかった。過保護ゆえに。
「そうなのかい? アメリカにいるのにもったいないなあ」
サニーサイドは大きく切り分けられた三角の切れ端を新次郎に持たせる。
ただでさえ巨大なアメリカンサイズのピザは、一切れで新次郎の顔よりも大きかった。
「ほら、大河君の分、落っことさないように気をつけるんだよ」
「は、はい!」
サニーサイドは新次郎用に持ってきていた盆を浮かべ、その上にホットミルクを乗せてやった。

 「本当はピザにはコーラが合うんだけどね」
「こーら……?」
炭酸飲料はまだ飲んだ事がなかった。
これも昴の過保護のせいだ。
「冷えちゃうとまずいからさ、あんまり合わないと思うけど、ホットミルクで我慢して」
「ぎゅーにゅー、すきですよ」
新次郎は与えられたピザと必死に格闘しながら答えた。

 「うーん、月がきれいだねえ」
「ふーりゅーですね」
「お、さすがはサムライの子だ。良く知っている」
のんびり温まりながら褒めてやると、口元にケチャップを沢山つけたままで新次郎は嬉しそうに笑った。
「すばるたんにおそわったんです。ふーりゅーです」
昴の事をまた思い出してしまった新次郎は、半分ほど食べたピザを盆に戻して風呂の隅へとざぶざぶ歩いていってしまう。

 そこにはまだ沢山の雪が積もっていた。
新次郎は手を伸ばし、雪の一塊を手に取るとぎゅうぎゅうと固めていく。
「何してるんだい?」
サニーも片手にピザの切れ端を持ったまま近づいてきた。
「すばるたんに、ゆきうさぎをつくってあげるんです」
今日、別れる前に沢山雪ウサギを作ると約束した事を思い出したのだ。

 「雪ウサギねえ」
どういう代物かを知らなかったサニーは、子供の作業を黙って見つめていた。
新次郎は雪を丁寧に固め、大きなオムレツのような形を作った。
「さにーたん、このはっぱくださいね」
そう断ってから、露天風呂に植えてある笹の葉を二枚取り、オムレツ形の前の部分にそろえてさした。
「なるほど、それが耳なんだな」
新次郎の描く絵よりも、立体的なウサギの方がずっとリアルでモデルの想像がつく。
サニーは雪ウサギに感心したように呟いて、もう一枚ピザを取り満足げに夜空を見上げた。
「……うんうん。フウリュウだねえ……」
月見で雪見の酒がたまらなく美味かった。

 

風呂の時はやっぱりサニーさんもメガネを外すのでしょうか。
描写しませんでしたが、皆様のお好きな姿でどうぞ。

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ピザとホットミルクより悪いと思うんです。

 

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