冬の大事件 6

 

 「すばるたーん!」
サニーに今夜一緒にいていいと許可をもらった新次郎は、昴にその事を伝えるべく楽屋のドアを元気いっぱいに開けた。
けれどもソファに座る昴の様子を見て固まってしまう。

 「おかえり。楽しかったかい?」
昴は微笑んで新次郎を迎えたものの、頬はさっきよりもずっと赤くなっているし、その様子は子供の目からもつらそうに見えた。
「すばるたん……」
新次郎は入って来た時の勢いがすっかり消えてしまい、続けてジェミニたちが部屋に入った後、
出来るだけそっと扉を閉めた。

 「すばるたん、やっぱりおかぜなんですね」
「ごめんよ。ああ、あんまり傍に来てはダメだ……」
いつものように昴に近づこうとした新次郎は、ピタリと足を止める。
「おかぜ、うつっちゃうから?」
「うん。すまない新次郎。今日は君を家に連れて帰れない……」
昴は目を伏せた。
自分で言ったのに後悔してしまう。

 「ほら言ったとおりだろ? だからあたしんちに……」
さっそく自己主張をするサジータの言葉を割って、めずらしくダイアナがしっかりと声を出した。
「いいえ、今日こそはぜひわたしの家に」
「リカも行く!」
「ねえ、新次郎、ラリーと遊びたいよね!」
全員が口々に新次郎を誘惑し、うんと言ってもらおうと必死でアピールを開始した。

 けれども新次郎はその誰の声にも振り向かなかった。
ただ少し困った顔で昴を見つめている。
昴はその様子に気がついて微笑んだ。
この中に新次郎が今日一緒に過ごしたいと思う相手はいないようだ。
けれどもわがままを言う時の表情でもない。となると……。
「サニーの所に行きたいのかい?」
しんじろうはこくりと真剣な表情で頷く。
「さにーたんは、とまってもいいっていいました」

 「えええー!!!」
とたんに楽屋に大勢の不満そうな声が響いた。
「しずかにしないとだめですよ!」
新次郎は振り向いてきりりと眉を吊り上げる。
「すばるたんがおかぜなのに」
「はい……」
「ごめん……」
小さな子供に叱られた面々は残念そうに謝罪した物の、やはり皆納得の行かない表情をしていた。

 昴は、新次郎がサニーサイドに良く懐いている事を知っていた。
一応男性同士だし、サニーは思い切り遊んでもくれる。
あまり教育上良くない事もたまにあるが、望まない外泊ならば、せめて一日ぐらい羽目を外したっていいだろう。

 「いいよ。ちゃんとサニーの言う事を聞くならね」
「さにーたんのいうことを、ちゃんとききます」
「じゃあ、そうしよう。ごめんよ新次郎」
「すばるたん……」
新次郎は目にいっぱい涙を溜めていた。
けれども以前仕事の都合で離れた時と違い、今度は声をあげて泣いたりしなかった。
「おかぜ、はやくよくなってくださいね……」
「ありがとう新次郎。明日は必ず一緒に帰ろう」
昴は手を伸ばした。すかさず小さな体が飛び込んでくる。
近寄らせないようにしていたが、新次郎が離れて立っていることに昴自身が限界だ。

 「僕はもう帰るけれど、サニーと沢山遊んでおいで」
せっかく雪が降ったのだから、思いきり遊ばせてやりたかった。
サニーサイドと一緒ならばここで思う存分雪遊びが出来るだろう。
「すばるたんに、ゆきうさぎをたくさんつくります」
「ふふ、楽しみだ」
昴はミルクの香りのする新次郎をぎゅっと抱きしめて、それからすぐに放してやった。
キスしたかったが、もしもウイルス性の風邪であったら本当に移してしまう。

 「昴さん、タクシーが着ましたよ」
ダイアナが声をかけると、昴はソファから立ち上がった。
いつもなら体重を感じさせない軽やかな動きの昴が、今は立ち上がるのさえ辛そうだった。
「げんかんまでいっしょにいきます」
小さいくせに、新次郎は昴のすぐ横を支えるように立って手を繋ぐ。

 実際は余計歩くのに邪魔だったのだが、昴は喜んで小さな紳士のエスコートを受け入れた。
出口までの短い距離を一緒に歩く。
タクシーは扉のすぐ前で待っていてくれた。
「それじゃあ新次郎、また明日会おうね」
「なおったら、ですよ……」
「明日には治るよ」
治さない訳には行かない。今の新次郎の表情を見るとなおさら強くそう思った。
「ちゃんと風呂に入って、寝る前には歯を磨くんだよ」
「はい」
「歯を磨いてからおやつを食べてはダメだ」
「はい」
「どんなに遅くとも10時には寝るんだぞ」
「は、はい」
「それから……」
「昴さん! ここは寒いんですからお体に悪いですよ!」
延々と新次郎にかまっている昴に、ダイアナが痺れを切らして中断させる。

 「……わかった。じゃあ最後に……」
昴は新次郎の頭を撫でた。
「新次郎はいい子だ。僕が保障する。大好きだよ、また明日会おう」
「しんじろーもだいすきです……またね……」

 昴はタクシーに乗り込み、曇ってしまっていた側面の窓ガラスを拭いた。
小さな子供が涙を堪えてじっと立っている様子が目に映る。
手を振ってやると、新次郎も思い切り手を振り返してくれた。

 

泣かない新次郎。
でっかい男だ。

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昴さんも新次郎もさみしい

 

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