冬の大事件 4

 

 「なー新次郎、昴の奴、風邪ひいたみたいだからさあ、今夜はうちに来なよ
「すばるたんはかぜなんかじゃないです」
サジータは頬を膨らませたまま雪を弄り続ける新次郎の後ろをついて回っていた。
「そんな事言ったって熱があるんだよ。お前に移すわけにいかないだろう? だからさあ」
「うつってもいいもん」
新次郎は雪玉を増やしていく。

 さっき昴がふらついている様子を新次郎も目撃していた。
それがショックで呆然としている間に昴はジェミニと一緒に階下へと下りてしまったから、
ますます困惑が深くなってしまっていた。
リカと一緒にいるように、と言われていたから仕方なく屋上に残ったが、
すぐにサジータが上がってきて今日は家には帰れないと伝えてきた。

 「うちにきたらさあ、おいしいチキンがあるんだぞー! 豆なんか最高だぞ!」
「いらないもん」
むくれたままの新次郎は作った雪玉をぎゅうぎゅうと固めている。
「でも帰れないんだからさ、な? いい子だろ?」
「かえれるもん! さじーたたんのばかー!」
新次郎はついに立ち上がって叫ぶと、雪玉をサジータめがけて放り投げ走って司令室へと駆け込んでしまった。

 

 その頃昴は楽屋でダイアナに半ば無理やり診察されていた。
体温計を咥えさせられ、脈を取られる。
「まあ、やっぱり熱がありますよ」
「大した事はないよ」
昴はそっぽを向いて答えた。
「休憩していればすぐに回復する。寒すぎてちょっと調子が狂ったんだ」
「休憩などとおっしゃらないで、今すぐご自宅にお帰りになった方がいいかと……」
ダイアナは昴の紅潮した頬を見て困ったように眉を下げる。

 「そうですよ、早く治して元気になってください」
ずっと付き添っていたジェミニもダイアナに追従して帰宅を薦めた。
ジェミニにとって昴はまさしく憧れの対象であったから、病気で弱っている姿が痛々しくて見ていられない。
「新次郎がいるし、これぐらいは病気のうちに入らないよ」
昴は不機嫌そうにそう言うと座っていたソファから立ち上がろうとした。
「いけません!」
叱責の声が楽屋に響き、昴とジェミニは目を丸くする。

 見るとダイアナが肩をいからせて昴を睨んでいた。
「病気に入らない、なんて、そんなわけないじゃないですか! ちゃんとお休みして下さらないと、大きな疾病の元になりますよ!」
ダイアナとは思えぬ大きな声で昴を叱って眉根を下げる。
「もしそんな事になったら大河さんは……」
「おいおい、ダイアナ……大げさだよ……」
昴は困惑してしまった。
彼女が意外と激情家である事は知ってたが、自分にそれが向けられる日が来るとは思っていなかった。
ましてやたんなる風邪なのに。

 「大げさなんかじゃありません。大河さんが元に戻った時に昴さんがご病気だったらきっと悲しまれますよ」
「それまでには治るよ……」
ダイアナが大変な事を言うので、昴はますますたじろぐ。
「一日じっとしていればいいだけだろう?」
「じゃあ早退してくださいますか?」
潤んだ瞳に見つめられ、思わず頷く。
「わ、わかった……。帰るから、新次郎を呼びに行かせてくれ」
そう言うと、今度はジェミニが口を出す。
「だめですよ! 風邪の時に子供の世話なんて! 新次郎の事はボクたちに任せてください!」
「いやしかし……」
昴はさっきのサジータの様子も気になっていた。
今にも新次郎を自宅に連れ去ってしまいそうな勢いだったから。
「大丈夫ですよ、昴さん、わたし達できちんとお世話をさせて頂きますから」
ダイアナもニッコリ微笑む。

 昴は溜息をついてソファにぐったりと体を預けた。
少し口論しただけなのにかなり体力を消耗している。
暖かい部屋にいると、たしかに自分の体温が異常な状態であると納得できる。
頭がぼんやりとしているし、頬も熱い。
外にいる時は寒さでそのような症状が現れているのだと思い込もうとしていた。
「……それじゃあ、新次郎に事情を説明してやらないと……」
この状態で新次郎と一緒に家に帰ったら、病気を移してしまうかもしれない。
それだけはなんとか避けたかった。

 「新次郎、呼んできますか?」
ジェミニが聞くと、昴は額に手を当てて目を閉じた。
少しの間迷う。本当に、新次郎を置いて帰るしかないのだろうか、と。
「……すまないけど頼めるかい?」
しかし結局昴はいいアイデアを思い浮かばなかった。
頭の中がぼんやりしていてしっかりした思考が出来ない。

 「わたし、タクシーを呼んで来ます」
新次郎を迎えに行ったジェミニに続き、ダイアナも部屋を出て行った。
昴は一人残されて苦笑する。
「新次郎の風邪を心配して自分が不調になるとは僕もまだまだだな……」
あの子は納得してくれるだろうか。
以前仕事の都合でジェミニに預けた時は大泣きしたから、できれば一緒に連れて帰りたかった。
けれども確かに今のままでは新次郎の世話を焼いてやる事などできない。

 新次郎は手間のかからない子供だったが、それでも一人で風呂に入ったりする事は危険だったからさせたくない。
食事や着替えは自分で出来たが、やはり不測の事態が起きた時には大人がついていて助けてやらないとならなかった。
昴はそっと目を閉じる。
そうする事で体調が回復すればいいと願いながら。

 

新次郎の雪だまはサジータさんの顔面にヒットしたと思います。

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