冬の大事件 3

 

 シアターに到着すると、新次郎は昴の手をぐいぐいとひっぱって屋上へと向かった。
「すばるたん、はやく、はやく〜」
「急がなくても雪はなくならないから大丈夫だよ」
苦笑しながら昴は新次郎の後をついていく。

 屋上は予想以上に雪が積もっていた。
今はもうほとんど降雪はなかったが、どこもかしこも白一色だ。
池には氷がはり、庭園に植えられた樹木も雪の重さで枝をしならせている。
「あー! りかたんゆきだるまつくってるー!」
新次郎は庭の真ん中にリカの姿を見つけると叫んで駆け出して行ってしまった。

 リカは屋上の雪を丁寧に転がして大きな雪だるまを作っていた。
二つ重なった雪玉は新次郎と同じぐらいの背丈がある。
「おかおはなにでつくるんでか?」
「顔は頭をのっけてからだ。いま作ってやるから待ってろ!」
リカはすでに3個目の雪玉を転がしていた。
「おかお、これじゃないんですか?」
新次郎は雪だるまの上部に乗っている玉を指差す。
「それは胴体だ!」
「どーたい……?」
きょとんとした様子の新次郎を見て、昴は彼の頭を撫でてやる。

 「ここでは雪だるまを作るとき、雪玉を3個重ねるんだよ」
「さんこですか、じゃあ、このうえのはおかおじゃなくて、おなかなんですね」
会話の間に、リカは3個目の雪玉を抱え上げ天辺に乗せようと苦戦していた。
新次郎よりも背が高いとは言え、リカにとってもそれはなかなか重労働だ。
昴も手を貸してやり、雪だるまの頭部はなんとか所定の位置に収まった。
「わー! このゆきだるまさん、せがたかいんですねえ」
新次郎はいまや昴とほとんど同じ高さになっている雪だるまを見上げてそのまわりをぴょんぴょんと飛び跳ねた。
雪で遊ぶ事が楽しくて仕方がないらしい。

 「新次郎も作るんじゃなかったのかい?」
「あ! そうだった! うさぎさんうさぎさん!」
新次郎は駆け出して真新しい雪を集め始める。
昴はその様子を見守って、屋根のあるテラスの椅子に腰掛けた。
寒さのせいか頭がぼんやりする。

 「ふう……」
「どうしたんですか? 昴さん」
リカの雪だるま作りを眺めていたジェミニが昴の様子に気がついて振り向いた。
「どうやら僕には少々寒すぎるみたいだ。そろそろ中にはいるよ」
そう言ったものの、昴はそこを動かない。
新次郎が一生懸命雪ウサギを作っている様子が愛らしくて目が放せなくなってしまった。
「すばるたん、おみみはおふろのとこの、ささのはっぱをもらったんですよ!」
できたての真っ白なウサギをテーブルの上に乗せる。
「おめめは、さにーたんとこのわっかのはっぱについてたやつ」
クリスマス用のリースについていた実だろう。

 「すごいな。かわいいよ」
昴は手を伸ばしてウサギの頭を撫でてやった。
冷たい感触が気持ちいい。
日本にいた頃はその年最初の雪が降ると、家生の誰かが雪ウサギを作って盆に乗せ、玄関先に飾ってくれた。
季節ごとの風物を飾るのが昴の家ではごく当たり前の事だった。
新次郎の作った雪ウサギはそれよりもいくらかずんぐりと丸く、愛嬌のある顔をしている。
作った本人の性格が良くわかる形だった。

 「えへへ、すばるたんにあげます」
「ありがとう新次郎」
昴はお礼を言って立ちあがろうとしてよろめいた。
「昴さん!」
ジェミニが慌てて手を伸ばして支える。
「すまないジェミニ、雪に足をとられて……」

 「雪じゃないですよ! 体が熱い……。熱があるんですよ」
「熱……?」
昴は自分の額に手の平を当てた。
指先は冷え切っていたので体のどこを触っても熱く感じる。
「とにかく中へ……」
ジェミニは昴を支えるようにして歩き出した。
「大げさだな。大丈夫。自分で歩けるよ」
昴は苦笑して新次郎を呼んだ。
びっくりして立ち尽くしていた新次郎は急いで駆け寄って昴の足にしがみ付いてしまった。
「リカと一緒にいるんだよ。僕は少し冷えたようだから下に降りるけれど、楽しんでおいで」
本当は新次郎には離れずに傍にいて欲しかったが、せっかく雪を楽しんでいるのだからもう少し遊ばせてあげたい。
「はい……」
「大丈夫だよ。沢山ウサギを作っておいてくれ。あとで見せてもらうから」
心配そうな新次郎に微笑んで、昴はエレベーターに乗り込んだ。

 

 「お、昴、おはよう、新次郎は屋上かい?」
昴とジェミニが下に降りると、丁度サジータが一階でエレベーターを待っているところだった。
「ああ、リカと上にいる。見ていてもらえると助かるのだけど」
「そりゃ別にかまわないけどあんたは? ん? 顔色が良くないんじゃないかい?」
サジータは昴の顔を覗き込んだ。
「熱があるみたいなんですよ、昴さん」
ジェミニは昴の背中を支えるようにしながら事情を説明する。
「熱などないよ……」
不機嫌な昴を見て、サジータはにやりと笑った。
「ふーん。風邪ひいたのかい? じゃあさあ、今晩は誰かが昴の代わりに新次郎の面倒みないといけないねえ」
「!!!」
昴は目をむいた。
「風邪なんてひいていないと言っている!」
「はん、じゃ、ダイアナに熱を測ってもらいな、楽屋にいたからさ、あたしは屋上で新次郎を誘惑してこようっと」
「な……っ!? サジータ待っ……」
昴の言葉が終わらないうちに、サジータはエレベーターに飛び乗って扉を閉めてしまった。

 再びエレベーターの呼び出しボタンを押す昴を、ジェミニは無理やりひっぱった。
「だめですよー! 熱がなかったらそれでいいじゃないですか、まず計ってみないと!」
「くっ……。わかった……」
昴は不満げに歩き出す。
白皙の頬が紅に染まっているのは興奮したせいばかりではない。
ジェミニは溜息をついて昴と一緒に歩いた。
この調子では本当に今日、昴は新次郎と家に帰れないかもしれないと思ったのだ。

 

エレベーターのボタンを連打する昴さんに萌える。

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サジータさんは誘うのがヘタだと思う。

 

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