冬の大事件 2

 

 

 昴は新次郎を連れて5番街のケリーの店へと入った。
ホテルにも近く、以前から馴染みのある店でもあったからだ。
新次郎が小さくなってしまってからも何度か訪れている。
もちろん彼が怪しげな薬で子供になってしまったなどとは話していない。
ケリーには大河新次郎の親戚の子供を預かっているという事にしてあった。
本人なのだから当然そっくりであり、親戚だと言ってもケリーは昴の言葉を疑わなかった。

 「いらっしゃいませ、九条様」
ケリーは昴の腕に抱かれた子供を見て、一目で彼らがここにやってきた事情を察した。
新次郎がありったけの服を着せられている事が、着膨れしたその様子からありありとわかったからだ。
店の得意客である九条昴が、恋人の血縁だと言う子供をとても大事にしている事は知っていたが、
防寒のためとはいえ、こんなに沢山服を着せられてはさぞかし窮屈だろう。
普段あまり感情を表に出さない昴が、小さな子供を過保護なまでにかわいがっている様子を見ると自然と頬が緩む。

 「軽くて暖かい服はあるだろうか」
昴はケリーの笑顔の意味を察して、自分自身も苦笑しながら新次郎を降ろす。
自分がこの子を過剰に甘やかしている自覚があったからだ。
すっかり凝り固まってしまった肩を片手で押さえ、軽く揉んで血行を促す。
新次郎を抱いて歩く事に慣れてはいたが、今日は着膨れしていたしさすがに少し辛い。

 「ではこちらのダウンジャケットなどいかがですか?」
その様子を見て、ケリーはなるべく重量の軽い商品を手に取った。
羽毛がたっぷりと使われた高級品で、子供用でもかなり高価であったが、昴を相手にする時ケリーは金額に頓着しなかった。
紐育の子供が喜びそうな真っ赤なダウンジャケット。
「どうだい? 新次郎」
「あおいのがいいな」
差し出されたそれを見て新次郎は希望を述べた。
「あかいとおんなのこみたいです」
「あら、男の子が赤い服を着るととってもかっこいいのよ」
ケリーは控えめに笑いながらも今度は同じデザインで青い色のジャケットを取ってきた。

 「それから、これに合う帽子と手袋も欲しい。ああ、マフラーもあるだろうか」
昴は次々と求める商品の希望を告げて、さして迷うこともなく購入していく。
細かい注文をしなくとも、昴の趣味や好みを承知しているケリーは的確な品物を用意してくれたからだ。
買い物が多かったので新次郎は飽きて外の風景を眺めている。
彼にとっては様々な商品が並ぶ店内よりも、雪に埋もれつつある街並みの方がずっと興味深かったようだ。

 一通りの買い物を済ませたあと、昴はふと店に並ぶ一点の商品に目を留めた。
男性用の厚手のコートだったが、明るい色合いが春を思わせる。
ケリーはコートをじっと見つめる昴から視線を反らした。
こういう場合、あまり積極的なセールスをしないほうが効果的だ。

 昴はコートを手に取った。サイズを確認すると、思ったとおり、とある人物にピッタリのサイズだった。
横目で窓に張り付いている子供をチラリとみやる。
一人静かに苦笑して、昴はそれをケリーに手渡した。
「これも頼むよ」

 大河がいつ元の姿に戻るのかわからなかったが、
つい先日記憶が戻った事を考えれば、そう遠からず前の状態に戻ると思われた。
いきなり冬になってしまっては着る物もないだろう。
昴は自分の心にそう言い訳して苦笑した。
いつ会えるかわからない恋人に季節物のプレゼントを買うなんて。

 ケリーは昴が購入したものを丁寧に包装してくれている。
何も言わなくとも彼女は大河への贈り物だと察してくれていた。
「お子様のお洋服はいかがなさいますか?」
「ああ、着て帰る。新次郎おいで」
昴は新次郎を手招きして呼び寄せ更衣室へと連れて入った。
沢山服を着ていたので脱がせるだけでも時間がかかる。
上半身に着た何枚もの服を脱ぐと、新次郎はおもいっきり息を吐いた。
「ぷはー……! せまかったー!」
窮屈だったと言いたいらしい。

 セーターもズボンも真冬の物に買い換えて、着てきた衣類はホテルへと送り返した。
身軽になり、しかも着膨れしていた時よりも暖かくなった新次郎は、弾む足取りで昴の横を元気に歩く。
「すばるたんすばるたん、こうえんにいくんですよね?」
「うーん……」
寄って行くつもりだったが、予想以上に買い物に時間をとられた。
「ちょっとでいいですから……」
新次郎は昴の上着をひっぱる。
それも控えめにつんつんと。

 こういう時、昴は新次郎がその辺にいる大勢の子供達のようにわがままで自己主張の激しい子供だったら良かったのに、と思う。
大騒ぎをして公園に寄りたいと駄々をこね、道に転がって泣き喚くような。
そんな子供だったなら容赦なく引き摺って歩くのに。
「本当に少ししかいられないけれど、それでもいいかい?」
「はい! すこしでいいです!」
新次郎はパッと顔を輝かせ、喜びのあまりその場で小さく飛び跳ねた。

 セントラルパークは公園と言っても子供の遊ぶような遊具が置いてあるわけではなかったが、
それでも新次郎は喜んで広場を走り回った。
買ったばかりのダウンジャケットが大いに役に立っている。
子犬のように駆ける新次郎を見守りながら昴はベンチに腰掛けた。
冷え切った椅子が衣服を通して肌を刺激し、思わず顔をしかめる。

 「すばるたーん! ゆきいっぱいですよー!」
新次郎は他の子供達と一緒になって遊び、雪まみれになっている。
昴は微笑んで手を振り、そのままその手を額に当てた。
冷たい空気が額を冷やして少々頭痛がする。
目を閉じると頭の中の鈍痛が増す気がした。
「新次郎、もう行かないと」
ここは少々寒すぎる。それに本当にもう行かなければ遅刻だ。
「はーい!」
新次郎は名残惜しそうな風を見せなかった。
少ない時間だったとは言え存分に雪の中を走り回って満足したのだろう。
他の子供達に手を振りながら昴に向かって走ってきた。

 「楽しかったかい?」
手を繋いでやると、手袋越しでも新次郎の手が暖かいのが伝わってくる。
「はい! すっごくたのしかったです!」
新次郎はそう言って昴をキラキラ光る黒い瞳で見上げた。
「シアターの屋上にも雪が積もっているかもよ?」
「ほんとうですか!? やったー!!」
昴の言葉に新次郎は大喜びだ。
「ゆきがあったら、しんじろーはうさぎさんをつくります」
「うさぎ?」
「ゆきうさぎさんですよ」
「なるほど。それは楽しみだ」
昴は心からそう言った。

 日本にいた頃何度も見た雪ウサギ。
きっと大人の大河も雪を見たら喜んでそれを作る気がする。
「はっぱはあるけど、おめめはどうしようかなー」
雪ウサギの目には万両などの赤い実を使うのが普通だったが付近では見かけなかった。
「クリスマスに使ったひいらぎがあるよ。あの実は赤いし丁度いい」
会話をしながら雪の降る街路を歩き、昴はいつもと違う感覚に戸惑っていた。
足元がどうもふわふわしている。
雪のせいだと決め付けて、昴は再び歩き出した。

 

せっせと雪ウサギを作る新次郎は、大でも小でも大変よろしいと思います。

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雪のせいじゃないと思いますよ。

 

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