冬の大事件 1

 

 「すばるたん! みてくださいおそと!」
昴は早朝、新次郎の叫び声で目が覚めた。
子供が興奮した時に特有の高い声。
「外……?」
昴は横になったまま肩肘をついて微笑む。
「雪が降っている?」
昨晩の天気予報や冷え込み具合から、もしかしたら朝は雪になるかもしれないと思っていた。
「はい! すごいすごい! すごいですよ!」
窓に顔をくっつけるようにして外を覗き、新次郎は大はしゃぎだ。

 昴はベットから降りて、新次郎の眺めている窓を一緒になって覗き込んだ。
「なるほど……」
ホテルの上階から覗く摩天楼の空はどんよりとした灰色に染まり、大粒の雪がしんしんと降り注いで来る。
「はやくおそとにいきましょう! すばるたん!」
新次郎は目を輝かせ、昴の袖をひっぱった。

 その様子を見て苦笑する。
「まだ朝ごはんも食べていないだろう? それにそんな格好じゃ無理だよ」
新次郎は寝巻きのままで大興奮している。室内履きも履かずに裸足で。
「でもはやくしないと、ゆきがとけちゃいますよー」
「わかったわかった」
頬を膨らます新次郎の頭を撫でてやって、昴はフロントへ朝食を頼んだ。
いつもの朝はパンを焼いてコーヒーを飲むぐらいで済ませるので、自分の部屋だけで大体準備が整ったのだが、
今日は外に出る前に体の中を十分に暖めておきたい。パンよりも暖かいスープがほしかった。

 「雪はまだまだなくならないよ。これから沢山積もるんだ。ほら、顔を洗って着替えておいで」
声をかけたが新次郎はまだ窓に張り付いていた。
吐く息が窓を白くするのを見て、昴は慌てて新次郎を抱き上げる。
「あーん。もうちょっとー」
「風邪をひくからだめ」
ホテルの部屋は快適な温度が保たれているが、窓の付近はさすがに寒い。
新次郎の頬に触れると案の定冷たくなってしまっている。

 まだ新次郎がこのホテルに泊まるようになったばかりのころ、彼は熱を出して寝込んだ事があった。
その時昴は本当に生きた心地がしなかった。
子供はすぐに熱を出したりするものだと知ってはいたが、実際に苦しんでいる新次郎を見るのは辛い。
できれば二度と経験したくなかった。

 ウォルターが朝食を届けてくれると、新次郎はすかさず初老のホテルマンの元へと駆け寄った。
「おじーちゃん、おはようございます!」
「おはようございます、新次郎様」
「新次郎、仕事の邪魔をしてはいけないよ。すまないウォルター。朝食はテーブルに乗せておいてくれるかい?」
昴が新次郎を叱ると、ウォルターは目尻を下げて子供の頭をやさしく撫でた。
「いいんですよ。嬉しいぐらいです」
「えへへ……」
新次郎はウォルターの足にくっつきたかったのだが、彼がトレイを運んでいたのでじっと我慢した。
かわりに開いているドアから外を覗く。

 「出てはダメだぞ!」
昴はその様子を見てあわてて言った。
外に出たがっていたから、目を盗んで駆け出して行ってしまうかと危惧したのだ。
「いきませんよ!」
新次郎は頬を膨らまして扉を閉める。

 「ねえ、おじーちゃん。ろーかはちょっとさむいのに、どうしておへやはあったかいんですか?」
トレイの上の料理をテーブルの上に並び終えたウォルターの裾をひっぱる。
「九条様のお部屋には冷暖房の機能が完備さえておりますから」
本当は廊下にも暖房が行き渡っていたが、範囲が広いので部屋のそれには劣っていた。
「れいだんぼーのきのうのおかげ。ですか」
新次郎は首をかしげる。
よくはわかっていないのだが、なにかすごい事になっていると納得したらしい。
「そうだぞ。だから部屋が快適でも外に出るときには十分暖かくしていかないと」
昴はそう言って朝食の席に着いた。

 

 新次郎の冬服はまだ薄手のジャンパーを一枚購入しただけだった。
マフラーも手袋も用意していない。
急に冷え込む日々に突入してしまい、いつまで新次郎が子供のままの状態が続くかわからなかった昴は購入の時期を見誤ってしまった。
とりあえずあるだけのシャツとセーターを重ね着させ、さらに上にジャンパーを着せる。
靴下は二枚重ねだ。
「すばるたんーきゅうくつです……」
重装備をした新次郎はよろよろと歩いた。
「ごめんよ。途中でちゃんとした上着を買ってあげるからね」
ふらふらしている新次郎を見て、昴はつい笑ってしまった。

 「ああ、これも」
クローゼットの中から、自分の手袋とマフラーを取り出す。
「ぶかぶかですよ」
いくら昴の手が小さいとはいえ、新次郎の手には昴の手袋はあまりに大きかった。
「でもないよりはマシだ。買うまでがまんして」
続けてマフラーをぐるぐる巻きに。
「ううーん。あむむ……」
喋ろうとしてマフラーが口に入り、新次郎は目を白黒させた。
「帽子は無理か……」
大きすぎて無理に被せたら前が見えなくなってしまう。

 「もうへいきですよー!」
放っておくとさらに何重にも衣服を着せられそうだったので、新次郎は手足をばたばたさせて抗議した。
「あっつい……」
すでに汗をかいている。
「ふふ。わかったよ。それじゃ行こうか」
着膨れしてまん丸になってしまった新次郎を抱きかかえ、昴は早めに部屋を出た。
途中で新次郎の冬服を買い、公園で少し遊ばせてやりたかった。

 「ゆーきやこんこーあられやこんこー」
まだホテルにいるうちからそんな歌を歌う新次郎が微笑ましくて、目を細める。
自身の異変には何も気がつかずに。

 

 

私の住む群馬には、この冬まだ一度も雪が降りません。
嬉しいような寂しいような。

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公式の冬服も出るといいなあ

 

 

 

 

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