つかの間の… 8

 

 

 「新次郎!!」
昴は屋上で大声を上げた。期待した返事はなかったが、念のためにあちこち探し回る。
屋上には危険な場所も多かったので、動悸が増して不安がせり上がって来る。
普段新次郎が出入りしている露天風呂や、サニーの机の下やクローゼットの中。
自分でもばかな事をしていると理解しているのだが、ほんの少しでも可能性がある場所を探さないではいられない。
右往左往していると、スーツの内ポケットから聞きなれた電子音が響いた。
慌ててさぐり、キネマトロンを取り出す。
もしかして舞台に新次郎が戻ってきて、メンバーの誰かが連絡を寄越したのかもしれない。
急いでメッセージを読むと、そこにはサニーサイドからのメッセージが表示されていた。
『大河君は外で営業中』
「営業中…?」
意味はわからねど、どうやら新次郎が見つかったらしいと安堵して、昴は身を翻してエレベーターへと飛び乗った。

 

 「りとるりっぷしあたーのこうえんにきてくださーい!」
新次郎はせっせとチラシを配っていた。
小さい体に、やっと抱えられる大きなチラシの束を抱えて。
その彼に一緒に働けと命じられたサニーサイドは、
チラシを配っているふりをしながら新次郎にばれないように適当にお茶を濁す。

 昴がその光景を見たのは、サニーからメッセージを受け取った数分後であったが、
小さな新次郎が働くかわいらしい様子を見て一気に力が抜けてしまった。
肩を下ろして息を吐く。
「ああ、ようやく来たね昴」
サニーサイドは入り口のドアのところで穏やかな表情をしている昴を見て歩み寄った。
さっきまでの緊迫した雰囲気が消え去っている。
「ほら、チラシの残り。大河君に命令されてやってたんだけど、そろそろ戻らないとラチェットに殺されるよ」
目立つ宣伝であれば自らが働くのも大いに結構だったが、チラシ配りはサニーサイドの性分には合わなかった。
昴は新次郎から視線を外さないまま黙ってチラシを受け取った。
「じゃ、ね。あとはよろしく」
「サニー」
「なんだい? まだなにか?」
「新次郎を見つけてくれてありがとう」
サニーサイドが振り返って昴を見ると、昴はもうサニーの方には見向きもせずに新次郎を見つめて微笑んでいた。
「どういたしまして」
小声で言って仕事へと戻る。
チラシ配りではない、本来の、もっとくだらなくて重要な仕事へと。

 

 「新次郎、仕事の調子はどう?」
「はい! じゅんちょーですよ。おきゃくさんはみんなにこにこしています」
大河、ではなく、いつものように新次郎と呼んでしまったが、
呼んだ方も呼ばれたほうも気がつかなかった。
それがとても自然だったから。
「僕も手伝っていいだろうか」
「すばるたんが? れんしゅーいいんですか?」
「いいんだ。今日はもう練習は終わり」
そう言うと、新次郎は嬉しそうに笑った。
顔いっぱいに笑顔を作って。

 

 すべてのチラシを配り終えるのにそう時間はかからなかった。
かわいらしい男の子と、なによりシアターのスタアである九条昴本人がにチラシを配っているのだから。
サインなども求められたが、それらはやんわりと断り、二人は手早く仕事を終えた。
「疲れただろう? 新次郎」
エントランスへと戻り、昴は新次郎を抱き上げた。
いつもと同じように。
「んん……。ちょっとだけー……」
新次郎のほうも、抱き上げられた事を怒ったり恥ずかしがったりしなかった。
それを見て昴は確信する。
もう、ほとんど昨日までの新次郎に戻っている。
記憶が戻る前の。
さっきの笑顔を見てなんとなくそうではないかと気がついていた。

 大きな大河も、小さな新次郎も、同じように邪気のない笑顔をしていたが、
さっき笑った彼はなんの迷いや不安もなく、ただ幸せそうに笑っていたから。
今朝の新次郎は笑顔ではあってもずっとなんとなく不安げだった。
突然肉体が子供になってしまっのだから当然だろう。
しかもいつ元に戻るかもわからない。そのせいで余計に不機嫌だったと想像できる。

 だが、今の新次郎は……。
「サニーの部屋で昼寝するかい?」
「ん……おひる…ね…します……」
言葉はようやく吐き出され、最後の頃には寝息と混ざっていた。
昴の腕の中で、新次郎はすやすやと眠ってしまっていた。
「こんなに小さいのに良くがんばったね、お疲れ様、新次郎……」

 

 眠ってしまった新次郎を抱いたまま、昴は帝都へと連絡した。
時差があったのでかなり迷惑な時間ではあったが、
どうしても事情を話して状況の確認をしたかったから。
通信で話した紅蘭の話では、小さい期間が長く、しかも途中で様々な薬品を肉体に吸収してしまったために、
新次郎は色々と不安定になっているらしかった。
だが、記憶が少しの間だけでも戻ったのであれば、完全に元に戻る日も近いだろう、と。
これから徐々に記憶が戻っている時間が長くなり、
いつか完全に元に戻る。

 昴は腕の中の新次郎の頬にやさしく触れた。
複雑な気分だった。
記憶だけでも戻ってくれて、本当に嬉しかったのに。
それが再び元の子供に戻ってしまって、一瞬涙が零れてしまうかと思うほどの喪失感があった。
また、彼が遠くに行ってしまったように思えたからだ。
今眠っている新次郎は、さっきまでとは違い、大人になってからの昴との思い出を何も覚えていない。
本当につかの間の出来事だった。
それはとても悲しく、寂しい現実で、昴は前より一層、元の大河に会いたくて心細くなった。
なのに、少しだけ安堵もしていた。
「もうすこしだけ、僕にお母さんをやらせてくれるのかい?」
すやすやと眠る新次郎を抱きしめて、昴は本物の母親のように愛に満ちた表情で彼の額にキスを落とした。

 

 

半日だけの反抗期でした。
昴さんは複雑な気持ち。

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すごい勢いでなくなりそうです。

 

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