つかの間の… 7

 

 

 サニーサイドはエントランスで昴が右往左往している様を見学していた。
ポリポリと頭を書く。
昴の方は、サニーサイドをまるで邪魔な柱ぐらいにしか思っていないようだった。
「あのさあ昴」
「今忙しいんだ後にしろ!」
本気で怒鳴られてしまい、また頭を掻く。
「大河君がいなくなっちゃったのかい?」
「そうだ!わかっているなら探してくれ!!」
昴は売店の下の在庫を収めるケースをひっくり返しながら叫んだ。
(いくら大河君が小さいからって、そんな狭い所には入れないよ)
声に出すと怒られるので心の中で突っ込む。
普段の昴では考えられないような行動に、サニーサイドは思わず苦笑した。
彼のことになると昴は本当に別人のようになってしまう。
その変化はとても人間的で、以前の人形のようだった昴からはとても想像がつかない。
もっともサニーはその変化をとても好ましく思っていたのだが。
日本から来た若いサムライがもたらしてくれた、思いもよらない贈り物だ。

 

 その本人がどこかへ行ってしまい、不意打ちを食らった昴の方こそ迷子のようだった。
「大河君は頭の中身だけでもとりあえず元に戻ったんだから心配ないでしょ」
そう言うと、それまで振り返りもしなかった昴が顔を上げて上司を見返した。
その表情が切迫した物だったので、サニーも眉をひそめる。
「記憶だけしか戻っていない。精神状態は幼児のままだ。だから前よりも危険なんだ。早く見つけないと…」
早口でまくし立てて再びカウンターの中を探す。
「ふうん……」
それでもやっぱり記憶があれば平気なのではないかとサニーサイドは暢気に考えた。
しかしこのまま放っておいては昴の方がどうにかなってしまうそうだ。
あせっている昴など、サニーサイドもめったに見た事がない。

 なんとなく周囲を見渡す。
そこに新次郎がいない事は明らかだったが、突っ立っているだけでは芸がないと思ったのだ。
もっとも、昴から見れば、突っ立ていようが周囲を見渡していようが、
役に立たない事に変わりはなかったが。

 「僕はもう一度屋上を見てくる。もしかしたら舞台に戻った時に入れ違いになったかもしれないし」
「え?屋上?いや、昴、ま……」
サニーが声をかけようとしたときにはもう昴はエレベーターの中にいた。
静止する間も無くドアが締まる。

「やれやれ…」
昴は本当にあせっているようだった。
昴がエレベーターを降りてあちこち新次郎を探し回っている間、
サニーサイドはずっとエントランスにいたのだ。
エレベーターのすぐ前に。
その間新次郎は一度も姿を現さなかった。
屋上へは行っていない。
普段の昴であれば、サニーに確認を怠ったりしない。
よほど動揺しているのだろう。

 サニーサイドが次の行動を思案していると、
昴が駆け回る音が途絶えたエントランスに、かすかに外からの音が聞こえ始めた。
「おや…?」
なんとなく、聞きなれた声が聞こえた気がする。
サニーは長い足を焦る事無く動かして、玄関の扉を開けた。

 

 「しあたーのつぎのこうえんのおしらせでーす!」
「まあ、かわいい」
「えへへ、ちらし、もらってくださいね」
サニーサイドが目にしたのは、チラシの束をようやく抱えて、
通行人の足元をちょろちょろしている子供の姿だった。
ぷくぷくしたほっぺたを薔薇色に染めて、息を切らしながらも楽しそうだ。
「おじいさん、しあたーにきてください」
「いや、私はあまりこういうものは…」
新次郎は落ちそうになるチラシを抱えなおし、
ようやく一枚を分けて老人に差し出した。
「ん…しょ…。はい、どーぞ!」
満面の笑み。
大きな瞳が期待に輝いている。
「…………。ありがとうぼうや…」
老人は子供の笑みに釣られて笑い、チラシを受け取ってくれた。
「すっごくたのしいですよ。しょう!ぜひきてくださいね」
「そうかね?ボウヤは誰が好きなんだい?」
「すばるたん!!」
間髪いれずに返事をする子供の頭を撫でて、老人は笑顔のまま去って行った。

 

 「何しているんだい?大河君」
サニーサイドは、スローペースではあるが、着実にチラシを減らしていく新次郎に声をかけた。
「あれ?さにーたん。おしごとですよ。ちらしくばり」
「ふむ…。順調かね?」
「じゅんちょーです。さにーたんもおしごとにもどってください」
鼻息荒くそう言って、新次郎はとことこと離れていく。

 仕事に戻れと言われたサニーは、数歩下がって入り口ドアの前に立った。
使い慣れた機械を手元ですばやく操作して昴にメッセージを送る。
キネマトロンの操作を終えて新次郎の様子を見守っていると、彼はチラチラとサニーサイドの方に視線を寄越した。
早く戻れと言いたいらしい。
サニーとしてもここでじっとしているのは退屈だったが、
今新次郎から目を離して戻ったりしたら、それこそあとで昴に殺される。

 彼の手元を見ると、チラシはどうやら先日追加で印刷した物のようだった。
「あ〜あ…、あれって確か設置して配布する分だよね…」
シアターの外の通りを通過する人々に向けて、自由に持ち帰って貰うために増刷したチラシだ。
「また増刷しなきゃかな…」
手配りする分はもう終了していたはずなのに。

 新次郎は全然シアターに戻っていかないサニーサイドに近寄って、チラシの束を半分渡した。
「はい、さにーたん」
「なんだいこれ?ボクはいらないよ」
「ひまなら、おしごとてつだってください」
かくして、紐育随一の富豪は、自分の所有するシアターの前で、幼児と一緒にチラシ配りをするハメになってしまった。

 

 

ティッシュを配るといいですよ。

TOP 漫画TOP

児童なんとか法違反…。

 

 

inserted by FC2 system