つかの間の… 6

 

 

 昴はエントランスに新次郎がいないことを確認するやいなや、
素晴らしいスピードで舞台へと駆け戻った。
「新次郎!!」
ドアを開け放って叫ぶ。
「どうしたの?昴?」
客席に座っていたラチェットが振り返り、
他の星組のメンバーたちも昴に注目した。
昴は小さな肩を上下させて息を切らして必死の形相だ。
「新次郎がこっちに来なかったか?!」
「あなたのあとを追っていったのだけど…会えなかったの?」
昴は肩で息をしながら客席と舞台を眺め回した。
確かにいない。
もう一度廊下を覗く。
入れ違いになったかと思ったが、こちらにやってくる様子もない。

 「戻ってきたらキャメラトロンで連絡してくれ!」
昴は躊躇しなかった。くるりと身を翻してもと来た道を戻る。
皆が何があったのか確認する暇もなかった。
戻りながら、楽屋を覗き、衣裳部屋を確認する。
だがやはり新次郎はいなかった。

 「新次郎……!勝手にどこへ…」
エレベーターが閉まる前に聞いた、新次郎が自分を呼ぶ声。
心が子供のままだとはいえ、記憶があるのだからと油断していた。
まったくその逆だったのに。
小さな子供が黙って置いていかれてどんなに不安だっただろう。
「どこにいるんだ新次郎……!」
あの子の不安を思うと胸が押しつぶされる。
昴はエントランスに戻り、バーや売店の中までを探した。

 

 

 

 その少し前、転んでしまった新次郎は、エレベーターのドアが閉まるのを見て泣き出した。
「うああ〜ん…すばるたん…すばるたん……」
大きな声で、盛大に涙を流す。
怪我をしたわけではなかったからほとんど痛くはなかったのに。
立ち上がって、すすり上げながらエレベーターの前に立つ。
「すばるたん!」
呼んでも返事は返ってこない。
昴を追って上にあがりたくとも、エレベーターを呼ぶスイッチには手が届かないのだ。
新次郎はまた泣き出したくなるのを鼻を啜ってぐっと堪えた。
自分は男なのに、こんな事で泣いてどうするのだ、と、思い出した。
昴が少し離れたぐらいで動揺するなんて、まるで小さな子供じゃないか。
体が小さくなってしまったせいか、いつもよりも一人でいることが心細かった。
だが、これ以上昴に迷惑をかけるわけにはいかない。
舞台に戻って、やるべき仕事に戻ろう。
しゃくり上げながらもそう思ったとき、ふと売店の上に置いてあったチラシに目が行った。

 とことこと売店まで歩き、カウンターに乗った一枚を手に取る。
それは次の公演を宣伝する為のチラシで、
従業員が配布する物ではなく、シアターの入り口に置いて通行人が自由に持ち帰るために用意された物だった。

「すごい…すばるたんきれい…」
広告の中央に、昴が神秘的な微笑をたたえてこちらに視線を寄越している写真が掲載されていた。
「きれいだなぁ……」
もう一度呟いて、新次郎はパチパチと瞬いた。
瞼に残っていた涙がポロリと落ちたが、他に興味を奪われたせいでもう泣いてはいなかった。
もっとも頬には涙の跡が付いていたが。
サニーに薬を飲まされたあの日、
本当はチラシ配りの仕事をするはずだった。
それはこの公演ではなく。もう一つ前の公演の広告であったが。
その公演は新次郎が誘拐されてしまったせいで、たった2日で上演中止になってしまった。
今回のちらしは中止になった公演の穴埋めの為に行われる物だった。

 「ん…しょ……」
新次郎は背を伸ばしてチラシの束を抱きかかえた。
あの日やるはずだった、チラシ配りの仕事をしようと思いついたから。
掃除なんかよりもずっと楽しそうだったし、実際、他の人と会話が出来るこの仕事が大好きだった。
紙の束は予想していたよりもずっと重かったし、油断するとヒラヒラと落ちてしまいそうで運ぶのは難しかったが、
しっかりと両手で抱え、落とさないように慎重に歩く。
ドアの前で一度立ち止まり、チラシの束を床に置いてから、ドアを押す。
「ううーーー……」
シアターの入口ドアは、観客が開くようには出来ていない。
公演時にはつねに解放されてドアマンが横に付く。
扉は重厚で、子供が簡単に開閉できるようには作られていなかった。
だが、それでも朝と同じように、新次郎が体重をかけて押すとゆっくりと扉が開いた。

 一度開いてしまえばあとは案外スムースに、ドアは全開となった。
床に置いたチラシをしゃがみこんで拾い、締まる前に急いでくぐる。

 

 ドアが締まるのと、昴がエレベーターからエントランスへと飛び出してきたのはほぼ同時だった。
そこには誰もおらず、静かで清潔な空間が広がっているだけ。
サニーサイドも昴の後からエレベーターを降りてきた。
だが昴はサニーの存在をまったく無視して周囲を見渡す。
「新次郎!」
叫んでから舞台に駆け戻る昴を、サニーはあっけに取られた表情で見送った。
「やれやれ、上司をエレベーターに挟んでおいてあの態度…」
サニーは頭を掻いて、昴と同じように周囲を見渡した。
どうやら新次郎の姿が見えなくなったらしい、と、察しが付いたからだ。

 

 

昴さん間に合わず。
サニーが乗ってこなければ間に合ったのに。

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星組でサニーさんに対して上司としてきちんと対応してくれるのはダイアナさんだけの気がします。大河は微妙。

 

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