つかの間の… 5

 

 

 新次郎は、みんなが練習を続けている舞台の上を一生懸命掃除していた。
その様子が微笑ましくて、ついみんなの動きが止まる。
ほうきを手に持った小さな体がかわいらしい。
「もっしもっしかーめよーかーめさんよー」
しかも新次郎は掃除しながら歌を歌っていた。
「せっかいーのうーちでーおーまえーほどー!」
なかなか大きな声で遠慮なく歌う。

 もちろん星組のメンバーたちは舞台の練習をしているのであって、
そのような雑音が響けば大いに支障があった。
だが、みんな、かわいらしい歌声が聞きたくて誰も注意しない。
リカなどは歌詞をしらないのになんとなく鼻歌で参加してしまっている。
星組の面々は、昴ほどではなくとも、新次郎に対しては大いに甘いのだ。
歌は日本語だったが、それが子供向けの童謡らしい事は昴以外のメンバーにもわかった。
「どんぐりころころどんぐりこー」
「……ふふっ」
昴は自分のパートを練習をしながら笑う。
歌詞が間違っている。
指摘すると傷つくだろうから、黙って肩を震わせた。

 朝からずっとその調子なので、ちっとも練習が進まない。
それに昴にはサニーサイドに新次郎の新しい状態について、事情を説明しなければならないと言う用事があった。
帝都にも通信しておきたい。
だが、昴はやはり彼から長い時間離れる事が不安だった。
歌う彼を見続けていたかったせいもある。
新次郎の行動に何か変化があるたびに、ついつい動きが止まる。

 「ちょっと…昴、いいかしら?」
先ほどから客席で難しい顔をしていたラチェットがついに声をかけた。
「ああ…」
彼女が何を言いたいのか大いに分かる。
新次郎が邪魔なのだ。

 「ねえ、あの子、やっぱりサニーの所に預けてきた方がいいんじゃない?」
元気よく歌う新次郎は、時々一人で、えへへ、などと笑いながら、実に満足そうだ。
「サニーの部屋でも掃除させるか…」
あまり離れたくなかったが、確かにこのままでは練習など不可能だった。

 大人しくしていた昨日までの新次郎と違い、
今日の新次郎は自分で何でもできると思い込んでいるので、その点以前よりも厄介だ。
危ないから触るなと言っても、大丈夫だと本人は信じ込んでいる。
相手をさせるサニーの方も、いつも新次郎を勝手に遊ばせているだけなので、
目を離すなと言っても難しい気がする。

 「とりあえず…サニーには僕から事情を話してくる。少しの間新次郎を頼む」
「わかったわ…。なるべく早くね」
ラチェットは頷いて舞台の真ん中を堂々と掃除している新次郎に視線をやった。
怒っていたはずなのに、つい笑ってしまう。
全然、元に戻っていない。
やってる事はまるっきり子供だ。

 「あれ?すばるたん…?」
舞台を出て行く昴を見て、新次郎は床を拭く手を止めた。
昴は客席の階段を登りドアを開けて去って行ってしまう。
「あ……」
置いていかれる。
そう思った瞬間、新次郎は立ち上がって雑巾を床に放り投げた。
「あっこら、新次郎!」
サジータが気がついて急いで手を伸ばすが間に合わない。
新次郎は舞台を飛び降りて、そのまま走って行ってしまった。

 「あーあ…」
「大河さん、やっぱり心はお子様のままなんですね」
ダイアナは新次郎が投げ出した雑巾を拾って微笑んだ。
「やっぱり昴さんを、お母さんみたいに思っているのかなあ…」
ジェミニは、新次郎の必死な姿を見て頬を膨らます。
今の状態でも昴じゃないとだめなのかと思うと少々妬けてしまう。
「甘えん坊だな、しんじろーは!」
ともあれ、舞台は新次郎がいなくなったおかげで練習に適した環境へと戻った。
「ほら、みんな!集中して!音楽かけるわよ!」
ラチェットは手を叩いてみんなの視線を集める。
新次郎は大丈夫。
彼は一応記憶が戻っているのだから、問題なく昴と合流できるだろう。
そう思っていたのだ。

 

 「すばるたん…どこいったのかな…」
新次郎は廊下へ出て、きょろきょろと左右を見渡した。
昴の姿は見えなかったが、行くとしたら衣裳部屋か楽屋、もしくは屋上だろう。
とりあえず廊下を走る。
昴が見えないことが不安で、置いていかれたことが悲しかった。
自分の意思で離れる時とは違う。

 廊下を抜けてエントランスへと出ると、ちょうどエレベーターに乗り込む昴が見えた。
「すばるたん!」
慌てて駆け出して、磨かれた床に足を取られて転ぶ。

 「新次郎!」
エレベーターのドアが締まる瞬間、昴は新次郎の声を聞いた。
同時に、走ってきて転ぶ彼の姿も。
慌ててドアを押さえたが間に合わず、エレベーターは完全に閉まってしまった。
「そこを動くなよ!」
外に声が聞こえるかどうか分からなかったが叫ぶ。

 小さな箱が上昇している間、昴はイライラと爪をかんだ。
早く!早く!!
そればかりが意識を支配して頭が沸騰しそうだった。
屋上へとつくと、そこには暢気な上司の姿。
「やあ、すば…」
挨拶しかけた彼を無視して「閉」のボタンを押す。
「おいおい!ボクも乗るんだよ!」
サニーサイドは慌ててドアを押さえて体をねじ込んだ。
長身がドアに挟まる。
「早くしろ!!馬鹿!」
昴は怒りを隠さずに上司に向かって容赦なく叫び、再び閉める。

 「なんなんだい昴…。カルシウム足りてないんじゃない?」
この日最初に出合った瞬間に、自分の部下に馬鹿と叫ばれたサニーサイドは、
ドアに挟まれ乱れた衣服を直しながら、ショックを受けたフリをする。
だが、昴はまったく彼の言葉を聞いていなかった。
エレベーターが動いている間、ずっと片足をトントンと動かし苛立ちを隠さない。
ようやく下へと到着すると、ドアが開くのももどかしく叫ぶ。
「新次郎!」

 エントランスへと飛び出すと、そこには誰もいなかった。
左右を見渡しもう一度叫ぶ。
「新次郎!!」
だが、返事をする声はない。
昴はくるりと身を翻し、舞台へと駆け戻った。

 

 

ドアに挟まる司令。

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かどうかはわかりませんが。

 

 

 

 

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