つかの間の… 4

 

 

 昴の話しを聞いたダイアナは目を丸くした。
「まぁ…それじゃあ、大河さんは元に戻っていらっしゃるのですね…」

 昴は楽屋でみんなに新次郎の今の状態について説明を続けていた。
大人しく聞いていた面々も、半端に戻ったという話しに戸惑い気味だ。
「うん。戻ったといっても記憶だけだけどね」
「記憶が戻ったのならあとは体だけだろ?」
サジータの言葉に、昴は呆れて溜息を吐く。
「だから…全然違う……。聞いていなかったのか?」

 さっきまで何度か説明を繰り返していたが、みんなピンとこないようだった。
「だってあんた、頭の中身は戻ってるって言ったじゃないか」
「さっきも言ったが、精神状態は子供のままなんだ」
「なー、ってことは、サジータがまたしんじろーのイチゴを盗んだら、この前みたいにわんわん泣いちゃうんだな!」
「盗んだとはなんだ!人聞きが悪いね!」
「リカはサジータよりも賢いな」
昴はサジータを横目チラリと眺めやってから、リカの頭を撫でてやる。
「ふん…大人のアイツだって、好物を盗んだら泣くんじゃないかい。誰かさんが日ごろ甘やかしてるから」
サジータは悔し紛れに悪態を吐いた。

 「それで昴さん、新次郎はいつ完全に元に戻るんですか?」
「さあ…それは…」
それは昴自身が一番知りたい事だった。
いつ戻るにしても、心構えが出来れば精神的に楽なのに。
「…記憶が戻ったのだから、もしかたら肉体の方もこのまますぐに戻るのかもしれない」
それならそれでかまわなかったのだが、やはり少し寂しい。
その場にいる全員がそう思った。
大河の事を慮って口には出さないが、子供の彼はとてもかわいらしかったから。
もちろん元に戻って欲しいとみんな考えていたが、それでも少しばかり残念な気がする。

 「すばるたーん!」
その時ドアの向こう。それもまだ結構遠くの廊下から声が響いた。
「どこから叫んでるんだい…」
サジータは微笑ましくなって、さっきまでの仏頂面があっさりと治る。
「すばるたーん、だって!」
リカもうれしそうだった。
「まだ、昴さん、ってちゃんと言えないんですね」
「そうなんですよ!でも、さっきボクのこと、じぇみに!って呼び捨てにしたんです」
ジェミニは文句を言ったが、その表情はにこやかだった。
「かわいいですよね〜!」
身もだえして頬を染める。

 昴が楽屋のドアを開けると、小さな体が転がり込んで来た。
「おまたせしました!すばるたん!」
息を切らして部屋に入り、昴の足にしがみ付きそうになって止まる。
くっつきたい欲求を必死に押さえているようだ。
新次郎を見ている全員がわかってしまうぐらい、彼はそれを我慢していた。
みんなの視線に気がついたのか、新次郎は正面に向き直りペコリと頭を下げる。
「おはようございます、みなさん!」
以前と変わらずかわいらしい。

 「お帰り。ちゃんと説明してきたかい?」
「はい!さにーたんは、よかったねえっていっていましたよ!」
しゃべりながら、ソファによじ登る。
「そうか。ところで新…じゃない、大河」
「はい?」
昴は新次郎といいそうになって止めた。
なんとなくだが、記憶があると思うと名前で呼ぶのは恥ずかしい。
「少しの間ここで待っていてくれないか?」
「なんでですか?」
昴はサニーと話をしておきたかった。
新次郎がまともに説明できたとは思えなかったし、精神はまだ子供なのだと伝えておかなければ。
もしも万が一、何か間違いが起きた時に困る。
それから帝都にも連絡しておきたい。

 「いや、少し用事があってここを離れるから…。みんなとここで待っていてくれ」
「ぼくひとりでへいきですよ!」
昴は苦笑いをする。
そう言われると思っていた。
思っていたけれどしかし、精神状態が子供の彼に黙って出て行ってはきっと悲しむだろう。
そう配慮して一応告げたのだ。
それに、どっちにしろ新次郎を一人きりには出来ない。
昴の仕事中、大人しくサニーと一緒にいてくれた以前と比べて、今のこの状況は前より面倒かもしれない。
「ぼく、おしごとしてきます」
昴が考えている一瞬の間に、新次郎はソファから飛び降りた。
「くるとき、そとのげんかん、ちらかってましたよ!みんなおそうじさぼってるんでしょー」
だから自分で掃除してこようと言うのだ。
それを聞いて、今まで黙って様子を見ていたメンバーが口々に彼を制止した。

 「新次郎が働くの?!無理だよ無理!」
「しんじろー、こどもははたらいたらいけないんだぞ」
「そうですよ、叔父様のお部屋で休んでいらしてください」
「ぼうやが働いたりしたら、サニーが逮捕されちまうよ!」
一斉に言われて、新次郎は口を尖らせる。
「ぼく、こどもじゃないです!はたちですよ!」
「…子供だ、少なくとも外見は。わかるだろう?」
昴はしゃがみこんで、彼の目を見つめた。
「…でも…ぼく…」
大きな瞳がたちまちうるうると濡れてきて、そんな顔を見るとどうしても昴は甘くなる。
「う……。それじゃ…ぼくたちが練習している間、舞台の床掃除をしてもらおうかな?」
それならば目が届く。
少々邪魔ではあるが。
「シアターの中なら他人に見られないから大丈夫だと思う。まかせてもいいかい?」
「ゆかか…。わかりました。ぼくがんばります!もっぷもってこなきゃ!」
走り出していきそうになる新次郎を慌てて捕まえる。
掃除用具の置いてある倉庫は危険な物も多い。
「モップはダメだ!ゆ…床が痛む」
「まえはもっぷでやってましたよ?」
「たまには丁寧に雑巾で頼むよ」
雑巾なら舞台裏にも置いてあった。

 昴の言葉に新次郎はしばし首をかしげていたが、すぐに素直に頷いた。
「はーい!」
駆け出していく新次郎を捕まえたい衝動を今度はなんとか堪える。
堪えたがしかし、結局昴はすぐあとを追った。
楽屋の入り口で止まって振り返る。
「僕は先に行っている。そんなわけだからみんな、戻ったと言っても、子供だと思って対処してくれ」
「了解。世話がかかるぼうやだね、まったく」
サジータは腰に手をあてて笑った。
「子供だったな!なかみ!」
リカもうれしそうだ。
さっきの新次郎の言動を見て、みんなもなんとか事情が飲み込めた。
百聞は一見にしかずだ。
「わかりましたから、昴さんは早く行ってあげてください」
ジェミニは自分も舞台へ行く用意をするために立ち上がった。
あんな状態の新次郎をやはり放っておいたら危ない気がする。
「ああ、それじゃまたあとで」
苦笑して駆けていく昴を見送って、ダイアナは微笑んだ。
「昴さん、なんだか前よりも大変そうですね」
「そうだねぇ、でもそれがまた楽しいんだろうよ。あいつ」
サジータの言葉にみんな頷いて顔を見合わせあった。
自分達も今の状況が結構楽しかったからだ。

 

掃除用具ぐらいは取りに行っても大丈夫だと思いますよ。昴さん。

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