つかの間の… 3

 

 

 車から降りた新次郎は、昴を待たずに一人でトコトコと歩いて入り口まで進んだ。
玄関の大扉の前で止まり、上を見上げてその大きさに驚く。
大人の体だった頃の、自分の記憶にある入り口の大きさと、
今、実際に見えているドアの大きさとの差異のせいで、余計にそれが巨大に感じた。
ただでさえ重厚なつくりのそのドアが、身長の何倍もの大きさになって目の前にそびえている。
手をついて押すが、思った以上に重い。
「んんーーー」
「ほら…」
遅れて到着した昴はつい手を貸してやる。
「あー!すばるたん!ぼく、じぶんでできますから!てつだっちゃだめですよ!」
途端に新次郎は頬を膨らませた。
「もういっかいやりなおしです!」
「了解」
昴は苦笑いをして大人しくさがった。
腕を組んで様子を見守る。
「ううーー!」
新次郎が全体重をかけて押すと、さすがの門扉もゆっくりと開きはじめる。

 「あっ新次郎!昴さん!おはようございます!」
入り口で騒いでいたので、内側にいたジェミニが何事かと顔を覗かせた。
「ひゃっ!」
思い切り押していたドアが突然内側に開いたので、新次郎は前方にひっくりかえりそうになって昴に片手で支えられてしまった。
「あー!また!ぼくころんだりしません!」
「はいはい」
支えられたまま抗議する。
笑って手を離してやると、新次郎は口を尖らせたまま、ジェミニのあけたドアから中へと入っていった。
どうやら彼は以前よりも反抗期のようだ。
昴にはそれがなかなか面白い。

 「おはよう、じぇみに」
「おはよう!新次郎!って…今日はボクのこと呼び捨て?!」
ジェミニは驚いて昴を見た。
新次郎ではなく。
どうしちゃったんですか?という視線だ。
昨日まで新次郎は、ジェミニの事を「じぇみにたん」と呼んでくれていたのに。

 「事情はあとでまとめて皆に話す。ちょっとややこしいんだ。新次郎、サニーに自分で説明できるか?」
「もちろんです」
疑われる事さえ心外だといわんばかりに、新次郎は自信満々に返事をした。
「かっわいーい!ホントにできるのー?新次郎ー」
ジェミニはふんぞり返っている新次郎を捕まえると、抱き上げて頬をすりよせた。
「わー!!はなしてじぇみにー!」
「あいかわらずぷにぷにだねぇ」
短い手足をじたばた暴れさせてもジェミニはまったく意に反さない。
「ボクが一緒にいってあげるよ。サニーさんのとこでしょう?」
「ぼくひとりでへいきだよ!」
新次郎はようやくジェミニの腕から逃れることが出来た。
すかさず昴の背後へと隠れる。
今頼れるのは、事情をしっている昴だけだ。
そう自分に言い訳して、頼もしいその背中を見上げて安堵する。

 なぜだかわからないが、どうも昴の近くにいると安心する。
というより、近くにいないと安心できない。
恋人なのだから傍にいたいと思うのは当たり前なのだが、
それだけではなく、もっと親密な愛情を感じた。
例えて言うなら家族のような。
本当は後に隠れるだけではなく、足にしがみ付いてしまいたいぐらいだったのだが、
そんな行為は男として断じて許されない。
ぐっと我慢して見上げると、昴のやさしい笑顔と目があってしまい慌てて視線を反らす。

 「今日は本当になんかヘンだね。敬語じゃないし……」
ジェミニは首をかしげる。
ちいさくなってからは、新次郎はジェミニにも敬語を使って喋っていた。
なのに今は前のように親しい口調に変わっている。
「これから説明するよ。皆は楽屋かい?」
「はい。セリフあわせをしようって…」
それを聞くと、昴はジェミニに頷き、まだ背後の足元で様子を伺っている新次郎を見下ろした。
「そうか。じゃあ行こうジェミニ。新次郎、一人で大丈夫だな?」
「だいじょうぶですってば!」
それ以上何かを言われる前に走り出す。
「走ると転ぶぞ!」
「ころびません!」

 

 「昴さん…本当に新次郎一人でいいんですか?」
新次郎がエレベーターに走っていくのを見送っている昴を、ジェミニは背を曲げて覗き込んだ。
昴は、特に新次郎が誘拐されてからは、彼から一時たりとも目を離さなかった。
絶対に一人きりになどしなかったのに。
「ああ…いいんだ……。……ん…すまない、ちょっと待っていてくれ」
新次郎から視線を離さずに会話をしていた昴だったが、手を上げてジェミニを制して歩き出す。

 ジェミニが見ていると、昴は新次郎の所まで歩いていき、一言二言言葉を交わすとエレベーターのスイッチを押してやった。
新次郎はしょんぼりしている。
エレベーターが到着すると、昴は彼を中に入れ、上へのボタンを押してやっているようだった。
そのまま付いて行ってしまうのかと思ったが、昴は彼に手を振りエレベーターを降りた。

 「待たせたね。手が届かなかったようだから」
「いえ、でも行かせちゃっていいんですか?」
「いいんだ。楽屋で説明する」
昴はジェミニをつれて歩き出し、楽屋へと向かった。
彼の事を説明するのに、新次郎が横にいてはやっかいだった。
いないうちに済ませてしまわなければ。
もちろん、新次郎自身が説明をするはずのサニーサイドにも、あとで昴から改めて説明するつもりだった。

 彼自身は、精神も立派な二十歳のつもりなのだ。
心が幼児のままだなどと彼の前で説明したら、きっとショックを受けるだろう。
だから一人でサニーの元へとやったのだ。
多少心配ではあったが、司令室ぐらいなら一人でも行けるだろう。

 楽屋へと入り、みなに挨拶を済ませるとソファに腰掛けて腕を組む。
「あれ?今日はもう新次郎をサニーに預けちゃったのかい?」
サジータはつまらなそうに昴の横に腰掛けた。
毎朝ちいさい彼とじゃれあっていたので、会えないとなるとなんとなく物足りない。
「ああ。ちょっと皆に話があるんだ。他のみんなも座ってくれるか?」
全員が席に着いたのを確認し、扇を自分の口元にあてがう。
何から話していいものか。さすがの昴でも迷うことがあるのだ。

 

 

実は前よりも甘やかされているような気がしないでもない。

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と、思っている。

 

 

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