つかの間の… 2

 

 「ところですばるたん」
「ぷっ」
「もう!なんでまたわらうんですかー!」
出社する為のタクシーの中で、新次郎が話を切り出した途端に、昴は噴き出してしまった。
「ふふっ…あははっ…。だって…面白くってさ…。ごめんごめん」
謝りながらも笑ってしまう。
「……ぼく、ほんとうにこまってるのにー……」
新次郎が小さい体をタクシーの座席に埋もれさせながら口を尖らせている様子を見ると、
ますますおかしくなってくる。

 記憶だけが元に戻った新次郎は、言葉は大人らしくなったが、発音は小さいときのままだ。
その態度も。
ちょっとした事で怒ったりすねたり。
子供の姿のままに甘えてきたり。
演技かもしれないとも思ったが、今の彼にそんな余裕がないのは明白だったし、
なにより新次郎はそんなに器用な人間ではない。

 「それで、すばるたん…」
新次郎は昴の笑いが収まったのを確認して、改めて話しかけた。
話しかけられた方は慌てて扇で口元を隠す。
すばるたん、などと呼ばれるとどうしても笑ってしまう。
これ以上声を出して笑ってしまったら、新次郎は泣きだすかもしれない。
「で、なんだ?」
彼のほうを見ないように、窓の外に顔を向ける。
見ると笑ってしまうから。
「ぼく、すばるたんのほてるにすんでいたんですよね?」
「そうだ」
「…………」
「それが何か?」
新次郎はきりりと眉を吊り上げて、キッと昴を睨んだ。
頬はむくれていたが。
「だって…!ぼくまだ、いっかいもすばるたんのいえにとまったことないのに!ずるいです!」
「今は散々泊まっているんだ。良かったじゃないか」
「よくないです!」

 新次郎は大いに不満だった。
大人の時には全然泊まれなかったのに、小さくなっていた間に泊まってしまっていたなんて。
いつか昴の家に泊まれる日が来たらいいな、などと夢見ていたのでショックが大きい。
「あっ!」
「なんだ?」
くちをとがらせていた新次郎がハッとして顔を上げた。
「きょうはどうするんですか?!きょうもおとまり?!」
「………そうだな…君はどうしたい?」
「……えっと…えっと…………。…ぼくのいえにかえります……」
悩んでいたようだが最後にはしょんぼりと呟く。
「だって、ぼくもうひとりでもへいきですもん…」
「僕には平気には見えないけれど?」
「さみしくなんかないです。なんでもじぶんでやれます」

 自分で言っておいて、新次郎は困惑していた。
昴と一緒に家に帰れない。
そう考えただけで信じられないぐらい悲しかった。
それどころか恐ろしくさえあった。
永遠に会えないような気がしてくる。
こんな気分は昔どこかで感じたことがある。
母と一緒に街に買い物に出た際に、市場ではぐれてしまった時の気持ちだ。
不安が重く心に圧し掛かり、自分では何一つ解決方法が思い浮かばなかった、あの時の。

 「…すばるたん…」
意識していなかったのに、口が勝手にすがるような言葉を呟いた。
「うん。今日もうちにくるといい。今更だ。遠慮するな」
昴は彼の心が手に取るようにわかった。
精神状態が子供のままなのに、記憶は大人な物だから混乱している。
一緒にいてはいけないのだという理性と、保護者が必要だと考える子供の心。
「……ありがとうございます…。でも、ぼくやっぱりいえにかえります…」
どうやら今回は理性が勝ったようだ。

 話し合っているうちにシアターの巨大なモニュメントが見えてきた。
「この事はあとでまた話そう」
昴は彼を一人で家に帰らせるつもりはなかった。
もしも精神も大人に戻っていたとしても同様だ。
体が子供のままなのだから、一人で帰らせるわけには行かない。
色々な問題が生じてしまう。
それは彼だけの問題ではなくて、彼の所属しているシアターの問題でもあったから。

 

 「みんな、ぼくがちいさくなったのしってるんですよね?」
「ああ、君は、君が思っている以上にみんなにかわいがられているぞ」
「うう……。いつ、もとにもどるんだろう…はっ!いまてきがあらわれたらどうしよう!」
「幸い君が小さくなってからは、戦闘は小規模な物も行われていないよ」
「はー…よかった…。このてあしじゃ、スターのそうじゅうはむずかしそうです」
「…ぷっ」
「あー!またわらった!」
「あははっ!だって、そんな体で操縦なんて出来るわけがないじゃないか」
コントロールパネルにすら手が届かないだろう。
「でもぼくたいちょうだから、ちゃんとしゅちゅげきしないと…」
「しゅ・つ・げ・き。だろ?」
「しゅちゅ…しゅ…ちゅ………ちゅしゅげき!」
「あははっ…。…まったく…ちゃんと言えるようになったら乗る事を考えるんだな」
「うわーん!」
二人はタクシーを降りて、シアター入り口までの短い道のりを大騒ぎしながら歩いた。
昴は愉快になってきた。
記憶があると遠慮なく話せて、これはこれで楽しい。
つい精神状態は子供のままだと言うことを忘れてしまいがちだが、なかなか面白い。
そんな事を考えながら。

 

 

どんな状態も楽しめる昴さん。

TOP 漫画TOP

…って言えない。

 

 

inserted by FC2 system