つかの間の… 1

 

 

 昴と新次郎は、いつものようにベッドの上で寄り添って眠っていた。
とはいえ、昴の方はまだ睡眠に至ってはいなかったが。
お互いの存在が暖かく、安心できる寝室。
昴は眠っている小さな彼を見るたびに頬が緩み、ついいつまでもその寝顔を見つめてしまって寝付けなかった。
新次郎のぷにぷにとしたピンク色のほっぺたをつつきたくなってくる。
「ふふっ…。この頬は大きくなってもあまり変わらないな…」
大人になった新次郎も、いつも血色のいい頬をしていた。
「おやすみ新次郎」
つつく代わりに、そっとキスを落とし、昴は目を閉じた。

 

 

 「うーん……」
朝の淡い光の中、新次郎はベッドの上で寝返りを打った。
なんだか、いつもと布団の感触が違う気がする。
つるつるしているし、とても軽い。
手を伸ばすと指先が何か柔らかな物に当たった。
「ん?」
暖かいそれに驚いて、一気に睡魔が遠ざかる。

 

 

 「わっひゃあああああ!!!」
早朝の昴のホテルに、新次郎の絶叫がこだました。
「どうした!?」
昴は飛び起きて傍らで寝ているはずの子供を捜す。
横で眠っていたはずの新次郎は、今はベッドを転がり落ちて、壁にはりついていた。
「新次郎!?」
「す…すばるたん!なんで……」
びっくりしすぎているせいか、タダでさえ大きな目が転がり落ちそうに見える。

 「なんでって…寝ぼけてるのか…?」
昴は苦笑してベッドから降り、新次郎に近づこうと立ち上がった。
「わひゃあ!こっちきちゃだめです!」
「だめって…どうして…」
「そんなふしだらなことゆるされませんです!!」
「どこでそんな言葉を覚えたんだ…」
昴は逃げようとする新次郎の首根っこを捕まえて、ベッドの上に下ろしてやった。
「わー!そんなかるがると…!!って…あれ?!」

 新次郎は自分の体を見下ろし、振り向いて背中を確認し、
手足を伸ばしてその先端までをじっと見る。
「…新次郎…?」
さっきまでは寝ぼけているのかと思っていたが、どうやら様子がおかしい。
昴も寝起きの頭が漸く回転し始めた。
「あ…あの…すばるたん…」
「…うん…」
「ぼく……なんかちぢんでいませんか…」
「………」
昨日まで新次郎は、自分の事を「しんじろう」と呼んでいた。
今は「ぼく」。
「……大河?」
「はい……」
心底困ったという顔で昴を見返す瞳は、前よりも幾分大人びて見える。

 

 「で…覚えていないのか?やっぱり…」
「おぼえてません…」
新次郎と昴はとりあえず急いで着替えを済ませ、居間のソファの上で緊急会議を開いていた。
新次郎が着ているのは、もちろん、昴が買ってやった子供服だ。
「本当に、君は元の大河新次郎なんだな?年は?」
「たいがですよ!たいがしんじろう!!はたちですよ!!」
涙をためた瞳で迫られて、昴は苦笑するしかない。
確かに中身は元の新次郎のようだったが、外見は小さいままだ。
「とても20歳には見えないな…。どう大きく見積もっても5歳児だ。まぁせいぜい3歳ってとこだな」
「うう…」

 昴は困惑している新次郎を苦笑して見つめ、顎に指を当てた。
どうして中身だけが戻ったのかはわからなかったし、
これが一過性のものでまた精神も子供に戻ってしまうのか、
それともこれをきっかけに姿も元通りに戻るのかもわからない。
「とにかく、シアターに行って帝都に連絡してみないと…」
「なんでぼく、こんなちいさくなっちゃったんですか…すばるたん…」
「ぷっ…!」
「わらわないでくださいよ!!うわーん!」
言葉が大人っぽくなっただけで、何も変わらない。
相変わらず舌ったらずのままだったし、笑うなと言われても無理がある。

 「わかったわかった。でも、僕はもう小さい君と結構な時間をここで暮らしていたんだ。なかなか調子が戻らないよ」
「ええっ?!そうだったんですか?!…すいません、ごめんどうをおかけしました…」
ぺこりと頭を下げる姿もかわいらしい。
「君が小さくなってしまったのはサニーのせいだ。これも覚えていない?」
「さにーたんの…?」
新次郎は小さい子供そのものの仕種で首をかしげる。
「うーん…そういえば、あさ、さにーたんによびだされたようなー…」
「そこで何か飲まされなかったか?」
「ああ!」
新次郎は思い出した。
あの朝、サニーに早朝から呼び出され、緑色の液体を薦められた。

 「けんこうにいいって、なんかどろどろぶくぶくしたやつを…」
「それが若返りの薬だったらしい」
「そうだったのかー…ぬるっとしてたけど、けっこうおいしかったですよ」
ぬるりとした飲料が美味しいとはとても思えない。昴は思わず顔をしかめた。
「なんだかからだがあつくなってきて…」
そのあとの事は覚えていない。
「ほんの一滴でも効果があるのに、君はコップいっぱい飲み干したらしいな」
「うっ…だって…」
「いやしいからこんな事になるんだぞ!」
「さにーたんがどうぞって……」
「大体あいつが勧めるものをすんなりと飲んでしまう奴があるか!!怪しい物に決まってるのに!!」
「おいしかったし……」
「緑色でぶくぶくしていてぬめった飲み物がか!?」
昴は新次郎が元に戻ったら言ってやろうと思っていた事を一気にまくしたてた。
どんなに心配した事か。
さんざん責め立てて、彼の顔を見てハッとする。

 「うっ…ひっく…ご…ごめんなさ…ひっく…」
新次郎は目に涙をいっぱいためてすすり上げていた。
「あ…いや…」
「ごめ…なさ…」
溜まっていた物が大きな目からぼろぼろと零れ落ちる。

 その姿は、どう見ても昨日までの新次郎だった。
小さい子供の彼。
「悪かった…君のせいじゃない…君のせいじゃないんだ…。ああ…泣くな…」
手を差し出すとしがみ付いてくる。
「うわーん!!」

 抱き上げてあやしながら、昴はこの状態について先ほどとは違う見解を得ていた。
さっきまでは、外見は戻らずとも精神は完全に戻っていると思っていた。
確かに記憶はある。
小さくなる前の大河新次郎の記憶だ。
だが、精神は……。
「…すばるたん……」
「大丈夫。もう怒ったりしない…。やつあたりしたんだ…」
ようやく泣きやんだ新次郎に笑いかける。
「ごめん」

 どうやら彼の精神は肉体に影響されてかなり不安定な状態になっているようだ。
少なくとも、ハタチの大河はこんな風に泣いたりしなかったから。
確かによく涙を流したりはしたが、その時とは泣き方が違う。
記憶はあるが、あきらかに中身は子供のままだ。
「心配せずとも大丈夫だから、シアターに行って解決方法を聞いてみよう」
「はい……」
大人しく頷いた新次郎を降ろして、昴は溜息を吐いた。
解決方法が、あるといいのだが。

 

 

超はんぱに元に戻った新次郎……。

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舌が回らない。

 

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