子犬のワルツ 6

 

 新次郎は真っ白な子犬を連れてNYの街を一人で歩いていた。
犬を飼ってくれる人を探すつもりで出てきたが、
具体的にどうすればいいのかは考えていなかった。
歩いてきた道を振り返れば、もうシアターの巨大な唇のモニュメントはとっくに見えなくなっている。

 「ゆきちゃん、すばるたん、おこるかな…」
急に心細くなってきて、足元の子犬に問う。
声をかけられた子犬は新次郎を見上げ、片方だけ垂れた耳をハタハタと動かした。
「でも、かってくれるひとをみつけないと、ゆきちゃんがしょぶんされちゃうんだから…」
自分を奮い立たせてもう一度歩き出す。

 

 

 ジェミニが新次郎を見つけたのはそれから10分以上が経過した頃だ。
愛馬をギャロップで走らせて臨海公園付近を捜索していると、ラリーが急に立ち止まった。
「わわ…!ちょっと…あぶないよ!」
ジェミニはバランスを崩してつんのめり、愛馬の顔を覗き込んだ。
馬のこげ茶色の瞳は細い遊歩道へ向けられていて、その一点をじっと見つめている。
「あっ!」
ジェミニは思わず声を出しそうになり慌てて口を押さえた。
新次郎が件の子犬と一緒にとことこと歩いていたのだ。
ほのぼのと大変にかわいらしい光景だったので、ジェミニはついのんびりと一人と一匹の様子を見学しそうになった。
「い…いけないいけない…!新次郎をシアターにつれて帰らなきゃ!」
我に返り、愛馬を促して、彼らの先回りをするべく静かに動き出す。

 

 「ねえゆきちゃん、ここならひとがいっぱいいるから、かってくれるひとがいるかもよ」
新次郎は、子犬が最初に公園にいた事を思い出した。
それでまずは中華街も近くて人の多い、この公園へと来てみたのだ。
セントラルパークも考えたのだが、昴のホテルが近かったので、見つかっては困るとやめにした。
しかし、せっかくやってきた物の、平日の昼間、公園にはあまり人はいなかった。
大人たちに自分から声をかける勇気もなかなか出てこず、
新次郎は仕方なく公園内を当てもなく歩き回っていたのだ。
到着した時は一人でこんな所まで来られた達成感と、
犬を貰ってくれる人が現れるかもしれないという期待とでウキウキとしていたのに、
今はどうしていいかわからなくなって悲しかった。
こんな時に昴がそばにいてくれれば、もっとずっとがんばれるのに。
やはり、一人で勝手に出て来てしまった事は間違いなのではないかと、新次郎は思い始めていた。

 下を向いて歩いていると、子犬がキャンと怯えたような声を出した。
「ゆきちゃん?」
顔をあげると、目の前に巨大な生物の長い足。
「新次郎!心配したんだよ!」
「じぇみにたん!」
新次郎はびっくりして一人と一頭を見上げた。

 子犬を抱き上げ、固まってしまった新次郎を見て、ジェミニは馬から下りようとした。
そのとたん、小さな男の子はくるりとUターンしてダッシュで走り出す。
「あ!!新次郎?!ちょ…わあ!」
愛馬から降りようとしていたジェミニは、不意を突かれて鐙に足がひっかかり、ひっくりかえる。
ラリーは鼻先で友人である赤毛の少女を助け起こした。
「ラリーありがとう!そ…それより早く新次郎を追いかけなきゃ!」
だが、ジェミニが再び馬の背に乗ったとき、子供の姿はもうどこにもなかった。
「し…新次郎…!?」
目の前には背の高い茂みや、細い遊歩道の分かれ道。
「ラリー…新次郎、どっちにいったか見てた?」
愛馬に問うてみたが、頼りの彼も困惑したように鼻を鳴らした。

 新次郎は公園の事務所の建物の影に隠れて背を壁につけた。
「はー…はー……じぇみにたん、おいかけてこないかな…」
そっと覗くが、彼女の姿は見えない。
抱きしめていた子犬を下ろす。
「ちがうところじゃないとだめだね…」
子犬は悲しげにクウンと鳴いて、新次郎の足に湿った鼻先をくっつけた。
「みんな…しんじろーをさがしてるのかな…」
昴の心配そうな顔を思い浮かべる。
勝手に出て来てしまったことが、今更ながら重く胸に圧し掛かってきた。
「でも、ゆきちゃんをたすけてあげなきゃ…」
自分よりも弱くて小さな存在を、どうしても守ってあげたかった。

 

 「臨海公園に?そんなところまで一人で…」
キネマトロンでジェミニが通信を送ってきた。
新次郎を見つけたが、捕まえようとして逃げられてしまったと。
「やっぱり…」
思ったとおり、彼は自分達に捕まりたくないようだ。
「新次郎…」
心配で動悸が不安定になってくる。
彼自身はとてもしっかりした子供だったが、公園などは不審な人物も多い。
かと言って、街中に出れば交通量の多さが不安だった。
「早く見つけないと…」
何か危険な事態が起こってしまう前に、新次郎を見つけたかった。
今の所は何の問題もないようだったが、時が経つにつれ昴の不安も増していく。

 

 新次郎は子犬をつれて、街中を外れた人通りの少ない道を歩いていた。
道の左右には中流階級の住宅が並んでいたが、昼間なので住人は皆仕事に出ているのだろう。
たしか、この先にこの犬を最初に見つけた公園があるはずだった。
あそこに行けば、昨日のようにみんなこの子犬に注目してくれるかもしれない。
だが、一度しか行った事のない公園だったので、進んでいる道に確信があるわけではなかった。
かと言って、今から戻っても元の場所に戻れる自信もない。
「おなかすいたね…ゆきちゃん…」
声に出すと、思い出したようにお腹がぐうと音を立てた。
昼食を食べずに大泣きして、そのまま寝てしまったせいで朝ごはんから何も食べていない。
とぼとぼと歩いていると、寂しくなってきて泣きそうになる。
この街に来てから、こんな風に長い間一人きりなのは始めてだ。
ずっと昴が傍にいてくれて、やさしく見守ってくれていた。
もちろん誘拐された時は一人だったが、あの時はずっと眠っていたので覚えていなかった。

 おやつの時間なのか、通り過ぎようとしていた白い壁の家から甘い匂いが漂ってきた。
新次郎は思わず立ち止まって、子犬ともども鼻をヒクヒクと動かして匂いを嗅いでしまった。
と、同時にその家の玄関が勢い良く開いて、金髪の少年が飛び出して来た。
「甘いの嫌いだって言っただろ!俺遊んでくるからな!」
「待ちなさーい!学校から帰ったばかりなのに!危ないから勝手に遊びにいっちゃだめ!」
その少年を追いかけて、少年と同じ金の髪を後で一つにまとめた若い母親が飛び出してきた。
さらに、家の中からは子供の泣く大きな声。
母親はその声に立ち止まる。
「じゃーな!すぐ帰るから!」
少年は母親が追いつけない事を知ってにんまりと笑うと駆け出した。

 「あっお前…!昨日の…!」
少年は公園へと向かって走り出したところに日本人の少年が呆然と突っ立っていたので立ち止まった。
「ゆきちゃんを連れてったおにいちゃん…!」
その、日に焼けた顔を、新次郎はしっかりと覚えていた。
子犬を抱いて連れ去った、昨日の少年だ。うらやましかったので、ことさらはっきりと記憶している。

 少年は足元の子犬を見て、後を振り返り、一つ頷くと子犬を抱きかかえ新次郎の腕を取った。
「公園まで走るぞ!モタモタしてたらかあちゃんに追いつかれる!」
新次郎はわけがわからなかったが、腕を引っ張られていたので一緒に走った。
年長の知人に出会えて安堵もしていた。
これでとりあえず、迷子になることはなさそうだった。

 

 

新次郎、一瞬発見される。
ジェミにガッカリ…。

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おつかい・・・

 

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