子犬のワルツ 4

 

 昴が屋上に上がると、サニーサイドはテラスのテーブルで新聞を広げていた。
部下の来訪に気がついて、気軽に片手を挙げる。
「や、昴。めずらしく一人かい?」
いつもピッタリとしがみついている新次郎が見えなかったので、サニーは驚いたような顔をした。
「ダイアナと一緒に下にいる。…実は…」
昴は今しがたのシアターの入り口での出来事を話した。
子犬の飼い主になってくれないか、と。

 「そうか、だけどね、ボクもめったに家にいないし。難しいな…」
サニーサイドは顎に手を当てた。
昴にはその様子が意外だった。
この男に犬を飼ってくれないかと頼んだ場合。
断るか、了承するか、どちらにしても即答すると思っていたのだ。
悩むとは思っていなかった。
めったに見られない真面目に思案する顔を見て、昴は少々感心した。
さすがにこの男も、命あるものに対しては真剣に取り組んでいるのだ。

 「無理にとは言わないが、飼い主が決まる間だけでも預かってくれないか?」
「じゃ、屋上にでも繋いでおけば?」
さっきまでの真剣な様子とは打って変わってあっさりと言う。
昴は呆れた。せっかく上昇しかけていた上司への評価の位置を元に戻す。
責任者の気軽な決定で、子犬の処遇はとりあえず定まった。

 

 「すばるたん、かってくれるひと、みつかるといいですね」
新次郎は近所のペットショップで買ってきたドッグフードをおいしそうに食べる子犬を心配そうに見つめた。
「大丈夫。入り口に写真つきの張り紙を出しておくから」
昴は新次郎の頭を撫でた。
さきほどプラムが張り切ってそのちらしのための撮影をしていた。
「もし見つからなかったら、リカが飼ってやる!」
リカは手を腰に当て、堂々と宣言した。
「ほんとうですか?りかたん」
新次郎は期待を込めて、自信満々なリカを見上げた。
もしもリカが飼ってくれるなら、張り紙など製作せずに、今すぐに決めて欲しい。
みんな新次郎の考えている事がわかった。
ジェミニは慌てて止める。
「あ、でも、新次郎、リカはね、一人暮らしだし、ノコもいるから、ね」
「平気だぞ!犬だって、ちゃんともしものゴハンに…」
「ご…ごはん…!?」
「わー!リカ!リカのペットはノコで十分!な!」
びっくりしている新次郎の言葉を遮って、サジータは叫んだ。
ダイアナは失神寸前だ。

 「ごはん…ゆきちゃんを…たべちゃうんですか…」
新次郎は綺麗にエサを食べ終わり、受け皿をペロペロと舐めている子犬を後に庇った。
めずらしく真剣な顔をしている。
「だ…大丈夫さ新次郎、飼い主なんてすぐ見つかるさ!」
サジータはリカを捕まえて後から羽交い絞めにし、
余計な事を言わないように口を塞いだ。
「すばるたん…」
泣きそうな新次郎を昴は抱き上げて、頭をくしゃりと撫でた。
「平気だよ新次郎。リカはこの子を食べたりしないさ。ね。そうだろう?リカ」
「えっ?!…ん…食べない…すばるがゴハンをおごってくれたら…」
「すばるたん、おごってあげて!」
新次郎は必死で昴にしがみ付いた。
どうやら昼食の買出しは昴に決定してしまったようだ。

 

 

 昴と新次郎が昼食を買いに出た後、みんなは子犬を囲んで今後の事を話し合っていた。
その間、心当たりの知人に電話をかけたりして、事態の解決を図った。
だがやはりいい結論は得られなかったし、今の所、飼いたいと名乗り出る人物もいなかった。
「でも、本当に飼い主が見つからなかったらどうなっちゃうんですか?」
「そうさねえ、誰も飼えなきゃ処分…って事になるかも…」
「そんなっ…」
ダイアナは両手を組み合わせて泣きそうだった。
リカも口を出さずに深刻な顔をしている。
「しょぶんって、なんですか?」
突然背後から声をかけられて、みんな一斉に振り向く。
新次郎はみんなの重い雰囲気を感じとって、今にも泣きそうな表情をしている。
昴は苦い顔だ。
そんな話を聞かせたくはなかった。
みんなもまさか新次郎が聞いてしまうとは思っていなかったのだろう。
こんなに早くに二人が帰ってくるとは。
どう答えたらいいかわからずに黙ってしまう。

 「すばるたん、しょぶんってなにするの!?」
「新次郎…」
昴は新次郎を抱き上げて、椅子の一つに座らせる。
「いいかい?誰も飼い主がいなかったら、この子は野良犬になってしまう」
新次郎は真剣な面持ちで頷いた。
「そうなったら、人に危害を加えるかもしれない」
「ゆきちゃんはそんなことしません…」
泣きそうな声で子犬を見つめ、鼻をすする。
「そうだね…でも、今日よりももっとお腹をすかせていたら、食べ物を盗んだりしないと生きていけない」
「しんじろーがごはんをあげますよ。しんじろーのごはんいらないっ!」
新次郎は昴に抱きついた。
昴は最後まで説明しなかったが、処分、と言う言葉の響きや、
みんなの深刻な様子でなんとなく察していたのだろう。
我慢していた涙が零れ、声をあげて泣き出す。

 「大丈夫だよ新次郎、ちゃんと飼い主が見つかるよ、僕が探してあげるから泣かないで」
泣き止まない新次郎を昴は慰めて抱きしめた。
「すばるたん、ゆきちゃんしょぶんしないで、ああーん…」
「そんな事しない。絶対だ。約束するから…」
頭を撫でてやり、背中を擦る。
しばらくそうやって泣いていたが、しゃくりあげる声が徐々に小さくなっていき、
そのうち疲れて眠ってしまった。

 「やれやれ…こまった奴だねまったく…」
サジータは泣きはらした顔で眠る新次郎を複雑な顔で覗き込んだ。
こんな事態になったからには、何が何でもこの子犬の貰い手を捜さないわけにはいかなくなった。
昴は無邪気な視線を寄越している白い犬を苦笑して見下ろす。

 大人の大河だったなら、どうしただろう。
昴は、自分の恋人がこの子犬と戯れている様子を想像した。
微笑ましくて口元が緩む。
もしかしたら、この子犬を自分のアパートで隠れて飼っていたりしたかもしれない。
処分となったら、今の新次郎のように大泣きするんじゃないだろうか。
「君は本当に、僕の大河新次郎なんだね…」
泣きすぎて赤くなってしまった頬に口付けて、眠る新次郎を抱いたまま、昴は支配人室へと向かった。

 

 

多分泣くよ。でかい方の新次郎も。

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たべちゃだめ!!

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