子犬のワルツ 3

 

 新次郎が子犬を抱いて大はしゃぎしている間に、昴は急いで考えをめぐらせていた。
連れ帰ってから家で洗ったのか、薄汚れて灰色だった皮毛は、本物の雪のように真っ白になっていた。
だが、その片方だけ折れた耳も、
真っ黒な鼻や、愛嬌のある丸い目も、やはり昨日の子犬のように見える。
「ゆきちゃん!しんじろーにあいにきたんですね!」
新次郎はふわふわになっていた犬をぎゅっとだきしめ、鼻をくっつけた。
目の前にある子供の鼻を、白い子犬は小さな舌でペロリと舐める。
「きゃはは!くすぐったいー!」
大騒ぎだ。

 昨日、あの子犬を連れて帰った少年は、やはり両親に飼育を許可してもらえなかったのだろうか。
しかしなぜシアターに…。
おそらく、昴の事を知っていたのだろう。
顎に手を当て思案する。
あそこにいた人間で、少年が知っていたのはおそらく、昴だけだった。
それなりに金も持っていそうで手ごろだったのかもしれない。

 「新次郎、今は犬と一緒にいてもいいけれど、うちでは飼えないよ?」
かわいそうだが仕方がない。しゃがみこみ、新次郎の顔を見ながらそう言った。
「はい…」
彼は素直に頷いた。
あきらかに落胆しているが、昨日もダメだといわれていたから諦めがつきやすかったのだろう。
「ゆきちゃん、どうしよう…」
新次郎は子犬を抱きしめて今にも泣きそうだ。

 「まぁ、子犬ですか?」
そこへ白衣を着たダイアナが現れ、子犬を見つめて微笑んだ。
「うふふ、なんてかわいらしいのでしょう。大河さん、とっても仲良しさんなんですね」
「はい。だいあなたん、このわんわんをかえませんか?」
新次郎は抱いていた子犬をダイアナに差し出した。
「まぁ…ごめんなさい、私もアパートに住んでいるから…叔父様にお願いしてはどうかしら…」
「さにーたん?」
「サニーねぇ…」
昴はサニーサイドがこの子犬を抱いている様子を思い浮かべて眉間に皺を寄せた。
似合わない。
だが、あの男が子犬を貰ってくれれば安心には違いなかった。
広い庭があるし、新次郎もまたこの犬と会えるだろう。

 「…そうだな…ちょっとサニーを探してくる。新次郎、ここに犬と残るかい?」
「はい!」
元気良く返事をする新次郎に頷き、ダイアナに向き直る。
「ダイアナ、すぐに戻るから、ちょっと新次郎を見ててくれる?」
「ええ、かまいませんよ。もうすぐみなさんもいらっしゃるでしょうし…」
「じゃあ行って来る。許可なく犬をこれ以上中に入れるわけに行かないからな…」
屋上までこの子犬を連れて行くわけには行かなかった。
新次郎から目を離すのは不安だったが、ダイアナがいるし大丈夫だろう。
「しんじろーはゆきちゃんといいこにしていますよ」
「ゆきちゃんっておっしゃるの?この子犬」
「はい!まっしろだからー」
子犬を挟んで楽しげにしている二人を置いて、
昴はサニーサイドの元へと向かった。

 

 

 サジータは買出しの食料を抱えてシアターの入り口をくぐった。
そこではなにやら新次郎とダイアナがしゃがみこんで楽しげに話し合っている。
「何してんだい?二人して…」
覗き込んだ視線の先に、予想外の物体。

 「うわああああああああぁぁあ!」
「さじーたたん?」
「サジータさん?!」
サジータは荷物を放り投げて飛び下がった。
「い…犬!!なんでシアターに!」
怯えるサジータに、子犬はとことこと近寄っていく。
「ばか!こっちにくるな!」
「おっかなくないですよさじーたたん」
「そうですよ、こんなに小さくてかわいらしいのに」
サジータは逃げられる限界まで下がり、壁に背をつけ引きつった。
「今は小さくてもそのうちデカくなるんだよ!」
子犬は過剰に反応するサジータに首をかしげていたが、
やがて別の物に興味を移して彼女から離れていく。

 「ふう…まったく…なんなんだい…ってこらーーーー!!!」
犬は朝食にとサジータが買ってきた紙袋を覗き込んでいる。
「コラ!犬!それはあたしの朝メシだ!」
「さじーたたん!おこっちゃだめ!」
新次郎はすかさず子犬を抱き上げた。
「怒るさ!あんたの朝食だって入ってるんだぞ!」
サジータは紙袋を拾い上げて口を尖らせる。
「しんじろうのあさごはんいらない。ゆきちゃんにあげて」
抱いた子犬は、紙袋を見つめてくんくんと甘えた声を出した。
どうやら腹が減っているらしい。

 「犬には犬用のエサをやらなきゃ。ベーグルにはたまねぎが挟んであるんだからだめだよ」
「サジータさん、詳しいんですね」
ダイアナは感心して言った。
犬嫌いなわりには良く知っている。
「さじーたたんは、わんわんにくわしいんですか?」
新次郎も先ほどまでとは違った様子でサジータを見上げる。
その瞳に尊敬の意思が込められているのを見て、サジータは腰に手を当てふんぞり返った。
「ん?まあね。犬にはね、他にもチョコレートやにんにくをやると危険なんだぞ。気をつけな!」

 「さじーたたん、ゆきちゃんをかってあげてくれませんか?」
新次郎は抱いた子犬をさきほどダイアナにしてみせたように差し出した。
「うっ…!こっちに近づけるな!」
サジータはまたしても一歩下がる。
「それはいいアイデアですよ、サジータさん。犬嫌いも治るかもしれませんし、サジータさんはご自分の自宅があるじゃないですか」
アパートやホテル暮らしばかりの星組の中で、サジータは唯一きちんとした自宅を持っていた。
リカも一人で暮らしていたが、家とは言えないので却下だ。
「冗談言うな!犬なんていらないよ!」
必死で断り大げさに両手を振る。
「そうですか…ゆきちゃん…かわいそう…」
しょげてしまった新次郎を、大人二人は困惑して見下ろした。
「大丈夫ですよ大河さん、きっと飼い主が見つかります」
「そ…そうだよ。あたしも協力するからさ」
口々に慰める。
子犬は新次郎の腕の中で、自分を抱いて悲しげな子供の頬を慰めるように何度も舐めた。

 

 

わんこ行く先きまらず。

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こっそりペットをかわいがりそうです。あからさまにしない。そしてバレて照れる。

 

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