朝の風景

 

 「すばるたん、あさですよー!」
新次郎は、ベッドの中で眠る昴をゆさゆさと揺り動かした。
「うう…新次郎…今日は休みなんだぞ…」
前日は新次郎が寝た後、遅くまで台本を読んでしまった。
翌日が休日だったから寝坊すればそれで良いと思ったのだ。
それなのに、同居している子供は子供らしからぬ早起きだった。
「もうちょっと寝ていようよ…」
布団を引き寄せて潜り込む。
「おねぼうですね、すばるたんはー」
とことことベッドから離れていこうとする新次郎を、昴は慌てて捕まえた。
もっと寝ていたいが、彼だけ起きていては何か危ない事になるかもしれなかったから。

 「新次郎も、もうちょっと寝ていようよ」
訴えると、彼は首をかしげた。
「じゃあしんじろーがあさごはんつくってあげますよ。すばるたんのぶんも。すばるたんはねててください」
すごい事を言うので昴は驚いた。
朝食を作る気だとは。
「何を作るんだい?」
「えっとーぱんをいれると、びよーんってでてくるやつ」
トースターのことだろう。
パンを食べる時、以前は焼いたものをウォルターに届けてもらっていたのだが、
新次郎が喜ぶだろうと思って、焼きあがった時にバネでトーストが持ち上がるトースターを購入したのだ。
案の定、彼は非常に喜んで、以後朝食がパンでも食べない事はなくなった。

 「ぱんに、すばるたんのはばたーをぬります。しんじろーのはちょこー!」
それぐらいなら彼に任せても大丈夫かもしれない。
昴がそう考えた時、新次郎は続けて言った。
「あと、めだまやき!」
「…それはだめ…」
火を使う気ならば当然却下だ。
「じゃ、いちごみるく…」
新次郎の好物だが、さすがに毎日毎食作っていると飽きてくる。
言葉に元気がない。
「それならいいよ」
昴も少々飽きてはいたが、新次郎がやりたいのならば作らせてやりたい。

 会話をしているうちに目が覚めてきた昴はベットに上半身を起こした。
「おきるんですか?」
「卵が食べたいんだろう?目玉焼きは僕が作ってあげるよ」
どちらにしろ、キッチンに新次郎が立つのなら、やはり一人きりでは放ってはおきたくなかったのだ。

 昴が料理をしている間、新次郎は熱心に自分の作業をこなしていた。
二枚のパンをトースターに入れ、イチゴを潰す。
「いいにおい…」
パンの焼ける香ばしい匂い。
昴が目玉焼きとサラダを作っている間に、新次郎はイチゴミルクを作り終え、パンにバターを塗っていた。
「ありがとう新次郎」
小さな手で、一生懸命昴の朝食を作っているのだと思うと、うれしくて胸が熱くなってくる。
親とはこういうものなのかと、昴は己の胸郭に染み入る感情を想った。
子供の一挙手一投足。ほんのわずかな成長が、うれしくて涙が出そうになってくる。
ほんの数週間一緒に暮らしただけだったが、それでも新次郎は確実に学び、成長していた。

 実際にこうやって、食べた事のなかったパンを自分で調理して、保護者に振舞うまでになっている。
昴が一人で感動している間に、新次郎はバターを塗り終えて満面の笑みを浮かべた。
「はい!すばるたんの!」
たっぷりと塗られたバターは、昴が普段食べている物よりもずっとカロリーが高そうだったが、
そんな事は気にならなかった。
「ありがとう、頂くよ。新次郎のは僕が塗ろうか?」
「だいじょーぶです!じぶんでやれます!」
頼もしく言って、今度はチョコレートペーストを手に取る。
昴は今度も黙って見守った。
「すばるたん、さきにたべてていいですよ。さめないうちにめしあがれ」
小さな彼が気を使ってくれるので、昴は楽しくなってきて笑う。
言葉遣いはきっと母親から学んだ物だろう。
「そう?じゃあいただきます」
食べ始めると、新次郎はその様子をじっと見つめた。
「おいしいよ、新次郎」
彼の待っている言葉を贈る。
「えへへ、よかった!」

 いつまでこの生活が続くかはわからなかったが、
少し前から昴は思案し始めていた。
新次郎が元に戻ったら…。
その時、自分はこの家の空虚に耐えられるだろうか。
毎日のように、恋人である大河に会いたいと想っていたが、
それと同じだけ、小さな彼を失うことが辛かった。
(彼が元に戻ったら…提案してみようかな…)
一つ屋根の下で暮らさないか、と。
それはとても良いアイデアのように思えた。
以前、新次郎が小さくなってしまう前にも、何度かそう考えた事があった。
だが、どうしてもあと一歩の所に踏み込めなかったのだ。

 自分の性別を打ち明けて、なんの気兼ねもなく恋人と愛し合い、暮らしたかった。
そこに至るまでの勇気がどうしても足りなくて、言えなかった。
だが、この小さな愛すべき子供がいなくなったなら、
その空虚を埋めてくれるのは同じ人物である大河しかいない気がした。
それ以外に道はないように思われた。

 この朝食のおだやかな時間に突然降って来た己のアイデアに、
昴は一人微笑んだ。
きっと、実際に打ち明け、提案する時には、また大いに悩むのだろう。
だが勇気さえあれば、こんなに素敵な時間を、再び味わう事が出来る。
今この時は、失ってしまう物ではなく、永遠に続く時間なのだ。

 たっぷりと甘いペーストを塗りつけたパンを、新次郎は満足そうに食べている。
きっと、大人の彼も、同じように甘いパンを食べるだろう。
そう考えると、その時が楽しみになってくる。
「すばるたん、きょーはおでかけするんですか?」
「ああそうだな、デートしようか」
いつも彼と歩いていた道を。
今日も君と歩こう。

 

 

 裏も学園もなんか深刻な展開になっているので、
息抜きにちびじろーでまったりと…。

TOP 漫画TOP

シムも大変なんだった。

 

inserted by FC2 system