はじめての……9

 

 銀行内に侵入してきた強盗犯たちは、ボストンバッグに詰められた戦利品を抱え銀行を出て行こうとしていた。
外を覗いた一人が舌打ちする。
「おい、サツがもう外に来ちまってるぞ!」
「なんだって?!」
窓の外を確認したもう一人も悪態をついて呻いた。
「くそ! なんとかしないと……」

 男たちは銀行内を見渡した。
裏口もおそらく警官がいるだろう。
そうならもう脱出する手段は一つしかない。
「おい、ガキ、こっちにこい!」
男の一人が新次郎に銃を向けクイと顎をしゃくった。
新次郎は困惑してすぐには従えない。
オロオロしていると、腕を捕まえられてたちまち抱え上げられてしまった。
犯人達は一番小さくて手ごろな子供を人質に、ここを脱出しようと考えたのだ。

 「こらーーー!! しんじろーを放せ!!」
リカはついに立ち上がり叫んだ。もう、タイミングが、などと言っていられない。
けれども驚いた周囲の大人たちが慌ててリカを捕まえて口を塞ぐ。
「静かにしていなきゃダメよ!」
「むーむむむ!」
ジタバタ暴れるリカを押さえ込んだのは数名の女性行員達だった。
彼女が名うてのバウンティハンターとは当然知らない彼女達も、リカを守ろうと必死だ。

 一方、強盗に抱え上げられた新次郎もじっとしていなかった。
誘拐された時は1人きりでただただ恐ろしかっただけだが、今は違う。
リカが傍にいてくれたし、何より素晴らしい武器を持っていた。
使えるか使えないかが問題じゃない。昴と同じ武器を持っているというそれだけで、新次郎は強気だった。
「暴れるなこいつ!」
強盗もバッグや銃を持っているので、思うように新次郎を押さえ込む事が出来ない。
「何やってるんだ。いくぞ!」
「わかってるけど、やたら暴れるんだこのガキ」
ブツクサと子供を抱きかかえなおそうとしたその時、強盗の右腕に激痛が走った。
「いてーーーーー!!!」
新次郎が思い切り歯を立てて腕に噛み付いたのだ。
そのすぐ横に並んで、ノコも腕にぶら下がるようにして食いついている。

 「放せ! 放せ!! いてえええ!!」
腕をブンブンふり回し、新次郎とノコを振り落とそうとするが、思い切り噛み付いている彼らは離れようとしない。
代わりに新次郎が持っていた鉄扇がまっすぐに落ちる。

 ごきん。

 大騒ぎの最中であったが、その鈍い音は銀行内に低く響いた。
思わず全員が首をすくめる。
新次郎が持っていた鉄の塊は、銀行強盗の足の甲に見事に命中した。
ただ重力に従って落ちただけだったが、その威力は絶大で、ハンマーを落とされたような衝撃に銀行強盗は声も出せずに蹲る。
噛み付いていた新次郎達はようやく離れ、くるりとターンしてリカの元へと駆け寄ろうとした。

 「おい、どこへいくんだ」
もう1人の銀行強盗はすかさず逃げ出そうとした新次郎の首根っこを捕まえる。
「あ……」
今度こそ新次郎は青ざめた。
鉄扇をもう持っていなかったからだ。
だが次の瞬間、強盗の額に黒い何かが重く鈍い音とともにヒットした。

 「ぎゃー!!」
もんどり打って倒れた強盗は新次郎を離して顔面を両手で押さえる。
膝をついて痛みを堪えると、指の隙間から目の前に立つ細い足が見えた。

 

 強盗は、何かはわからねど恐怖を感じた。
今現在経験している痛みなど、問題にならないような恐怖を。
目の前にまっすぐに立つ、細い足。
美しく、少年のようにまっすぐな、白い足。
勝手に体が震えた。
それ以上、上を見る事が出来ずに体が凍る。

 「何をした」
冷たい声は頭上から。
「あの子に、何をした」
その声はあくまでも美しく、咎める雰囲気はまったくなかった。
ただただ平坦で、感情の読み取れない声。
それなのに体が動かない。

 背筋がゾクリと震えた。
獣だった頃の名残だ。と、こんな状況で考える。
背中の毛が総毛立っている。
今顔を上げてはいけない。
強盗は本能に生きる男だった。
好きなときに好きな物を食べ、手に入らないものは奪い取って生きてきた。
獣のように振舞う日常を生きてきたからこそ、その野生が強く訴えかけてくる。
動くな。と。

 「何だお前!」
強盗の相棒。足に鉄扇を落とされた男は突然現れた闖入者に怒声を浴びせた。
こちらの男の方が動物的本能が薄かったのだろう。
足に激痛が走っていたものの、いまや失敗しかけている計画をなんとか立て直そうとあがいていたせいもある。
ずんずんと大股で近寄り、その人物に向かって銃を振り上げ突きつける。
「そいつから離れ……」
しかしその男もそこで止まった。
喉元に、冷たい刃物がまっすぐに押し付けられていたからだ。
一見すると扇に見えるが、氷のように冷え冷えと肌に触れる感触は、間違いなく刃物だ。
それも、今まで強盗が触れた事がないほどに、鋭利な。

 「試しに動いてみるかい?」
美しい声に、ほんの少し嬉しそうな響きが加わる。
「前後左右、好きな方向へ。ほんの数ミリでいい。君の無意味な人生はすみやかに終わるだろう」
強盗が怒髪天を突きそうな挑発めいた言葉を投げかける。
けれども彼らは動かない。
目の前に立つ小柄な人物が、普通ではないと間近でひしひしと感じていた。
常人とは思えない圧倒的なまでの威圧。
それに加えて、怒りなどと生易しい言葉では表現できないほどの凶悪な感情が、その人物から沸きあがっている。
空気が凍りつき、銀行内にいる誰もが呼吸を止めるしかない。

 

 「すばるたん!」
恐ろしい沈黙を破ったのは嬉しそうな子供の声だった。
たたた、と、足音も軽やかに、みなの恐怖の源である人物の足に躊躇せず抱きつく。
「すばる!」
リカも自分を押さえつけていた女性行員たちをようやく振りほどいて起き上がった。

 昴は新次郎の頭を撫でてやってから、強盗たちにやさしく微笑んだ。
「武器を捨てて床に伏せろ。両手と両足を広げて。そうすればとりあえず今ここで人生の終焉を迎える事は免れる」
大人しく指示に従う強盗を確認し、警備員に任せてから、昴は新次郎を抱き上げた。
「すばるたん!」
しがみついてくる子供の頭を撫でてやり、頬を摺り寄せると、その温かさに昴の心はたちまち溶解していった。
歩いて銀行の椅子に腰掛け、改めて新次郎を抱きしめる。
「どこにも怪我はしていないかい?」
「だいじょうぶです。すばるたんは?」
「なんともないよ。リカは?」
「リカも大丈夫だ!」
全員の無事を確認し、ようやく昴は安堵の息をつく。
とりあえず、事態はなんとか収拾できたようだった。
強盗たちは昴たちの目の前で連行されようとしている。

 その時だった。大人しくしていた二人組が、突然大声を上げて再び暴れ出した。
どうやら昴が離れた事で元気が回復したらしい。
警官が慌てて対処しようとするも、強盗は勢い良く駆けて行き、人ごみに紛れて逃げ出そうとしている。
リカは素早く立ち上がり、腰に下げている二挺の拳銃を抜き放った。
金と銀の光が一瞬まぶしく行内を反射する。
発砲音は軽く、小柄のリカに相応しい弾むような音だった。
二発の弾はほぼ同時に発射され、狙いは正確に彼らの靴のかかとに命中した。

 もんどりうって倒れる強盗を警官達がすかさず取り押さえるのを見て、リカはニッと笑う。
それを見た新次郎は目をまん丸にしてリカを賞賛した。
「りかたん、すごいですね!!」
「えっへん! リカ、撃っとくの得意なんだ。でもしんじろーもひとりやっつけたし、すばるなんか二人ともやっつけたし、リカ一番最後だったな」
二人の会話に昴は苦笑した。
もしかしたら、迎えに来なくとも、事態は彼らだけで収拾できたかもしれないな。と。

 

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鉄扇を閉じたまま投げたのは、ちびじろに流血を見せない為の配慮だったと思われます。多分。

 

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