はじめての…… 7

 

 リカと新次郎は、重い鉄の扇を交代で運びながら銀行に向かっていた。
今はリカが扇を運び、新次郎は頭の上にノコを乗せている。
「リカたんは、ぎんこうになにしにいくんですか?」
「あのな、リカのお金、【ていきよきん】ってやつにしてもらうんだ。そうするといつのまにかお金がふえてくらしいぞ」
「てーきよきん……。よかったですね!」
新次郎は事情が良くわからなかったが、とりあえずリカが嬉しそうだったのでそう答える。
実際にはリカ自身も良くわかっていなかったのだが。
「だけど、一箇所サイン貰うのわすれちゃったから、そこだけやりなおさないといけないんだ」
「そっかーわすれちゃったのかー」
「うきゅー」
「しんじろーも、今度すばるに、ていきよきんにしてもらえ!」
「でも、しんじろーは、もうおかねぜんぶ、つかっちゃったなあ……」
新次郎はからっぽになってしまった財布を取り出した。
昴から貰った大事な財布だ。
さっきまではパンパンだったけれど、今はからっぽ。

 しょんぼりしている新次郎を見て、リカは彼の財布を奪った。
「あっ!」
驚いた新次郎にニッと笑ってみせ、ポケットに直接ジャラジャラ入れていた銅貨を取り出して、
からっぽの財布に入れてやる。
「いいか、しんじろー。このお金は、いっぱいあるけどちょっとなんだ。全部あわせてもアメぐらいしか買えないんだぞ」
「いっぱいだけど……ちょっと……?」
「そうだぞ。だから、あとでまたすばるに足してもらえ」
「しんじろーは、おかねはあんまりいらないんです」
何かを欲しいと切実にねだった事はなかったけれど、新次郎は昴のことを良く知っていた。
きっと、真剣にアレが欲しいとねだったら、昴は躊躇なくそれを与えてくれる。
だから、今まではお小遣いも欲しいと思わなかった。
数日前にお小遣いをもらえて嬉しかったのは、昴の鉄扇を買ってあげられると思ったからだ。

 新次郎は再び中身の詰まったお財布を、両手でしっかりと握った。
ちょっとのお金でも、大事にしておけば、きっとまた昴やみんなの役に立てられるかもしれない。
「りかたん、ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をして、パンパンになった財布を大事にポケットにしまった。
二人と一匹は、うららかな陽気の中を、そんな風にたわいない会話をしながら暢気に歩いていく。
めざす銀行はもうすぐそこだ。

 

 その頃昴はタクシーでROMANDOに到着していた。
加山からさっきキネマトロンで送られてきたメッセージは、
(新次郎がさっきまでここにいたけど、かまわないのか?)
などと、短い上にまったく要領を得ない物であった。
もっと詳細に事情を送って来ればいいのにと思いつつも、昴はあえて返信で問いたださずに、直接会いに行く事にした。
その方が話が早い。
キネマトロンでやり取りしていては、加山の事だから適当にごまかされてしまう可能性が高い。
店に着くと、なぜか入り口のシャッターが下りている。
「ははん」
昴は口の端を上げて不適に微笑み、薄いシャッターに向けて静かに声をかけた。
「加山、ここを開けろ」
返事はない。

 「あと5秒だ。開けない場合は勝手に入るぞ」
シャッターの向こうでカタンと何かが怯えるように動く音。
「4」
「3」
昴は決して声を大きくしなかった。
「2」
カウントダウンのスピードもまったく変わらない。
「1」
言うと同時に懐を探る。
「わーーーー!! まったまった!!」
店の奥から騒々しい音が響き、店主の情けない悲鳴が轟く。

 昴は懐に入れていた手を戻し、満足げに微笑んだ。
シャッターがガタガタと開き、薄笑いを浮かべる加山を見上げる。
「まったく、扉を閉めたって意味がない事ぐらいわかるだろう」
「直接来ないで通信機を使えよ……」
加山はぼやいた。
「あ! それに、今日は鉄扇を持っていないんじゃなかったのか?!」
「……なぜそれを?」
昴は目を細めた。
「さっき新次郎がそう言ってたからさ」
それを聞いて、昴はもう一度懐に手を入れ、馴染みの鉄扇を取り出す。

 「これはシアターに常備してある予備だよ。あと一秒遅かったらここのシャッターを綺麗に寸断してやったのに」
「……」
加山はひきつった笑いを浮かべた。
タイミングによっては俺ごと寸断していただろう、とは恐ろしすぎて聞けない。
昴のほうは気にせずに話を続ける。
「普段持ち歩いている物よりは若干性能が劣るけれど、今武器を失うわけにはいかないからね」
新次郎を守るという重大な役目がある。
少なくとも彼が完全に元に戻るまでは、素手のままでいるわけにはいかない。
「それで新次郎は何を買いに来たんだ?」
「だから、鉄扇だよ」
「なんだって?」
昴は驚いて組んでいた腕を解いて身を乗り出す。
そんな物を買いたがるとは想像していなかった。
「それで……。まさか……売ったりしていないだろうな……?」
「いやっ! まさか! 昴の鉄扇なんて特殊すぎて同じようなのは置いてないし、そもそも高級すぎて買う人間はいないさ!」
加山は両手を顔の前でぶんぶん振り回し、必死に否定する。
「扇子はいっぱいあるからそれを勧めたんだ。やっ、まあそれは……買わなかったんだけどな」
やけにペラペラと良く喋る口元を、昴は不審の視線で見つめていた。
「鉄扇が欲しいって言うから、一般的なのを見せてやったんだ。重いし買えないだろうと思って」
「!!」

 「それで……?」
「金も足りないし、売れないって俺は言ったんだぜ?」
「それでどうした!」
「あー……えーっと……。……気がついたら小銭の山だけ残ってた……」
加山はカウンターの上にジャラジャラと乗ったままの銀と銅の硬貨を指差す。
「あの鉄扇はすんごく重いから、きっとまだそのへんを……」
「鉄扇なんて、鉄で出来た棍棒のような物だぞ!! 足にでも落としたら……!!」
青ざめる昴に、加山はうんうんと頷いてみせる。
「だよなあ、だから俺も危ないからよせって言ったんだけど、すばるたんに買ってあげるんだーって聞かなくて。っておい、どこいくんだ」

 昴は加山の言葉の途中で身を翻した。
お使いに出た彼らを見守ってやろうぐらいの気持ちで出てきたが、
そんな暢気な気分は吹き飛んだ。 
一刻も早く合流して、危険な武器を取り上げなければ。

 

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