はじめての…… 4

 

 加山は店の奥のテーブルで居眠りをしていた。
とてもヒマである。
もともと客の出入りの少ない店だったが、こんなに誰も来ない日はあまりない。
買い物こそしなくとも、奇妙な品物が並ぶ店内を興味深げに眺めていく観光客はそこそこ訪れる。
いっそのこと今日はもう店を閉めてどこかに出かけようか、などと考えた時、丁度店のドアが開いて待望の客が現れた。
「いらっしゃい!」
景気良く声をかけてから、溜息をつく。

 「なんだ、リカか……」
「なんだとはなんだー。リカもしんじろーも立派なお客様だぞ!」
「ん? 新次郎?」
加山はリカの後に隠れるようにしがみ付いている子供に視線をやった。
「こ……こんにちは……」
おっかなびっくり、それでもなんとか挨拶をし、新次郎は再びリカの後ろに隠れてしまう。

 「ふーん……話は聞いていたけど、なるほどねえ」
加山の所にも、新次郎がうっかり子供になってしまった話は届いていた。
昴たちにも内緒で、加山はサニーや大神と話し合ったのだ。
このまま彼を紐育に置いておくべきか、なかなか戻らないのであれば一旦日本に戻すべきか。
話し合いの後しばらく新次郎の様子を伺っていたのだが、彼は思いのほか今の環境に慣れ、
保護者になっている昴にもすっかり懐いてしまっている。
昴のほうも、特に負担を訴える事もなく、幼い新次郎の面倒を甲斐甲斐しくみてやっているようだった。
結局、そのうち元に戻るという事で、余計な事はせずに薬が抜けるのを待つ事になった。
加山が小さい新次郎を間近で目にするのはこれが初めてだ。

 「こっちにおいでー。お兄さんがだっこしてあげるから」
手を伸ばしても、新次郎はふるふると首を振って近寄ってこない。
「大丈夫だぞしんじろー。リカがついてるからな。このおっさんは変な顔だけど、怖くないんだぞ!」
「変な顔……。しかもおっさんって……」
加山はガックリと肩を落とす。
「あの、おじさん……」
「おにーさんだ!」
思わず大きい声を出すと、新次郎はキャッと小さく悲鳴を上げて飛び跳ねた。
「あああ、ごめんごめん。加山おにーさんだよー」
「……かやまおにーさん」
恐る恐る新次郎はリカの影から出てきた。
その様子がかわいらしくて、思いがけず加山は顔がにやけてしまった。

 「かやまおにーさん、あのね、おうぎはありますか?」
「ん? 扇か?」
加山はしばし思案する。そういえば、日本から派手な絵の入った扇子を山ほど仕入れたばかりだ。
「あるぞー。何色がいい? 日の丸とか、富士山もあるぞ」
さっそく在庫をあさり始めたが、新次郎は加山の上着をひっぱって止めた。
「そういうのじゃなくて、かたいやつです」
「硬い?」
「てつでできてるんです」
「ああ、鉄扇か!」
「そうです! てっせん。です!」

 目当ての物が伝わって、新次郎は目を輝かせて興奮している。
しかし加山は複雑な表情だ。
「鉄扇、あるにはあるが、ものすごく重くてでかいのしかないぞ」
「おもくてでっかい……」
「リカ見て見たい! しんじろーも見るよな!」
子供達が期待に輝く視線を寄越すので、加山は仕方なく店の奥からその商品を取り出した。

 「ほれ。でかいだろ?」
「うわあ……」
それは、新次郎の腕ほどもある大きな鉄扇だった。
昴の持っているものとは全然大きさが違う。
「すばるたんのとちがいますね……」
「昴と同じ奴が欲しかったのか?」
加山が聞くと、新次郎は複雑な表情で頷いた。
鉄扇があったのは嬉しいが、これは違うと子供ながらにわかる代物だ。
「昴が持っているのはかなり特殊な鉄扇だからなあ。あれはどっちかと言うと刃物だけど、うちの店のは鈍器だよ」
普通、鉄扇とはそう言うものだ。
重さと硬さで敵を倒す。
今加山が持ってきた鉄扇は、骨の部分だけが鉄で出来ており、本来の扇なら紙で出来ている部分は、衝撃に耐えられるように布で作られていた。

 「これしかないのか?」
リカも新次郎が抱えている鉄扇を見て眉を寄せる。
「ない。鉄扇なんて物騒な物じゃなくて、こっちの日の丸の奴にしろよ」
新次郎は差し出された小さな扇と、抱きかかえている鉄の塊とを交互に見た。
「でも……」
困惑した表情のまま、重くて落ちそうになっている物体を抱えなおす。

 昴には武器が必要なのに、あんな小さい物じゃどうにもならないのではないだろうか。
あれよりは、こっちの重い奴の方が武器になる気がする。
「そんな重いの持ち歩けないだろ? こっちの小さい奴だって、パッと開けば威嚇になるし、骨の部分で打てばそれなりに痛いんだぞ」
加山は新次郎がなぜこんな物を欲しがるのかあまり深く考えていなかった。
男の子だから、剣や銃などの武器が欲しかったのかもしれないが、普段昴と一緒にいるから鉄扇が欲しくなったのかもしれない、
などと気軽に考えていた。
だから本物を与えては余計にまずい。昴に怒られる。
「日の丸のやつを買ってくれたら、こっちの犬の絵がついたやつもサービスするんだけどなあ!」
「わんこですか?!」
新次郎の顔が急に輝いた。
加山はここぞとばかりに畳み掛ける。
「そうだぞー。ほら、かわいいなあ」
ぜひこっちの扇を買わせたい。
加山は可能な限りの笑顔を作って子供二人に様々な模様の扇子を開いて見せた。

 

加山さん、ちびじろ話に初登場。

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集めている友人がいるのですが、えらくごっつい。

 

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