はじめての…… 2

 

 新次郎はいつものようにサニーサイドに預けられて司令室で遊んでいた。
ダイアナが図書館で絵本を借りてきてくれたので、大変な熱心さでそれを読んでいる。
新次郎の大好きな「イルカのハノン」もあった。
それらの本をテーブルに山積みし、ソファに転がって真剣な表情だ。
文字は全然読めないのだが、すでに実際に読んでもらった事のある本なので、おおよその話の筋は知っている。
だから絵を見るだけでも十分に楽しい。
「うわー! はのん、すっごいなあ!」
声に出して感想を言いながら、ページを行ったり来たりしている。

 サニーサイドは同じ部屋で書類仕事をしていたが、新次郎の言動の一切を気にしなかった。
時々チラリと確認し、再び仕事に視線を落とす。
最初の頃は気になってしかたがなかったが、今ではすっかり放置状態だ。
放って置いても新次郎はめったな事では変な事をしでかさなかったし、
声を出して本を読む意外にはうるさい事もない。

 のんびりした空気の流れる部屋に、タカタカと軽快に走る足音が近づいてきた。
新次郎は顔をあげる。
「りかたんだ!」
こんな風に走ってくる人物は他にいない。
「おーい! 持ってきたぞー!!」
勢い良く扉が開き、新次郎の予想通りの人物が現れた。

 「ああご苦労様。書類は揃っているかい?」
「まかせろ! リカちゃーんと持ってきた!」
リカは手に持った紙束をサニーサイドに差し出す。
サニーサイドはそれらを1枚ずつ丁寧に確認して首をかしげた。
「あれ? こっちのこれ、銀行のサインがないけど?」
「ん?」
1枚の紙を返されて、リカはそれをしげしげと見つめた。
「いっけねー! リカ、サイン貰うの忘れちゃってた!」
ペロリと舌を出して、頭を掻く。
「んじゃ、ちょっと銀行に行って来る!」

 リカがそう宣言し、くるりと向きを変え駆け出そうとした瞬間、ポンチョの上着を下からひっぱられてつんのめる。
何事かと振り返ると、新次郎が上着をぎゅっと握り締めていた。
「しんじろーもいく!」
新次郎はリカのポンチョをしっかり掴んで真剣な表情だ。
「りかたん、しんじろーもつれてって」
「これこれ。大河君、こっちにおいで」
「やだっ」
すっぱりと拒否されて、サニーサイドは目を見開く。

 新次郎が「いやだ」と言ったのは初めてだった。
小さな子供だったから、いつ駄々をこねてもおかしくなかったが、こんなにはっきりと我侭を言ったのは初めてだ。
ずっと素直で、多少理不尽で辛い事でも、いつも彼は唇を引き結んで我慢していた。
そのためサニーサイドの驚きも深い。
「しんじろーもいく……」
「よい! じゃあリカといこう、しんじろー!」
サニーサイドが動転している間に、リカはあっさり頷いて決めてしまっていた。
「本気かい?!」
「平気だぞ、リカはしんじろーのおねえさんだからな! ちゃーんと手を繋いでるし、悪い奴は撃っとくから」

 気楽に宣言するリカと違って、新次郎は切実な目でサニーを見ていた。
自分が大変な我侭を言っている事がわかっているのだろう。
今にも泣きそうな顔で、けれどもリカの服を放そうとしない。
「ちゃんとリカの言う事を聞けるかい?」
「はい」
こくりと頷く子供を見て、サニーは溜息をついた。
絶対に昴に怒鳴られる。
下手をすれば物理的になにか攻撃されるかもしれない。

 「リカ、何かあったらすぐにキャメラトロンで連絡するように」
「まかせとけ!」
「大河君は、絶対にリカの服を放さない事。今みたいにね」
「はい!」
リカのポンチョを改めてぎゅっと握り締める。

 「はあ……。ボクはねえ、なるべく争いのない人生を送りたいんだよ」
突然サニーがそんな事をぼやき始めたので、子供二人は顔を見合わせた。
「君達が楽しく出かけた後、きっとすごい嵐が吹き荒れるんだよ。ここで。この部屋で……」
サニーサイドは天井を見上げ、悲壮な表情をしている。
「でもねえ、ボクはそもそもあんまり過保護はよくないって前々から……」
「なあ、もう行っても良いか?」
リカと新次郎は隣り合ってポカンとサニーを見つめていた。
「……ハイ、イッテラッシャイ……」

 仲良く手を繋いでキャッキャと出て行く二人を見送って、サニーは再び盛大に溜息をついた。
「日本では、カワイイコにはタビをさせろ。って言うらしいしねえ……」
当の日本人である昴が、まったく旅をさせるつもりがないのが気になるが。
サニーサイドは肘をついてデスクの書類に目を落とす。
「ボクもついてきゃよかったかなあ……」
少なくとも、そっちの方が楽しそうだ。
何より、叱られる危険性がずっと減るのだから。

 

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とっても楽しそう。

 

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