甘い羊 6

 

 「そう、そのまま、集中して」
フジヤマスターのコクピットに二人で乗り込み、昴は新次郎のサポートをしていた。
機内は1人乗りであったから当然とても狭く、昴は新次郎の膝に乗るような形になってしまっていたが、
昴の体重がとても軽い事もあって、新次郎は平気な顔をしている。
一方昴の方は色々な事を考えてしまって内心はあまり平常ではなかった。
彼の膝の上に乗るなど、以前にだって一度もなかったのだから。
これは仕事であり、新次郎を守る為なのだと何度も心の中で繰り返し、落ち着くまでに少しだけだが時間がかかった。
そんな風にいくらか問題があったが、乗り込む事だけはなんとかなった。
けれどもそれ以外はまったく不調だ。

 「う、うー……」
新次郎はさっきから眉間に皺を寄せ、汗をかきながら必死になっているが、フジヤマスターの計器は何も反応を示さない。
「力んでは駄目だ。前に木を揺らしたのと同じだよ」
「はあい」
新次郎は以前、風に飛ばされた女の子の帽子を、霊力を使って取ってあげていた。
だから、子供のままでも霊力は扱えるはずなのだ。
霊力は精神の問題だから、体が育ってしまっても問題ないはずなのだが。
コツは同じなのに上手くいかない。

 「やっぱりだめみたい……」
新次郎は、ぷはー、と盛大に息を吐く。かなり力が入っていたようだ。
「ふむ。なぜだろうな……」
原因がわからないまま続けても、新次郎は消耗するばかり。
なんとか理由を探ろうと昴は腕を組む。
「あのねえ、すばるたん」
昴が振り返ると、新次郎は首をかしげて計器類を指差した。
「しんじろーは、これがなんでできてるかわかんないから、うごかないんだとおもう」
「は?」
新次郎の言葉は大体理解できるつもりの昴にも、今の言葉はわからなかった。
「これって?」
「えっとねえ、きはじめんからはえてるでしょ」
「ん? ああ」
「そんで、きのなかには、おみずがはいってるから、しんじろーもうごかせるんですよ」
「……?」
わかるようでわからない。
「おかーたんは、きをうごかすときは、みずとなかよくするんだぞっていいます」
しばらく悩んだが、ようやく昴にも合点が言った。
新次郎は五行の事を言っているのだ。
彼の母である双葉氏は、幼子でも霊力を有効に使えるように、丁寧にその使い方を教えていたのだろう。

 「これって、なにでできてるんですか?」
「スターは鉄だよ。鉄でできているんだ」
そう問われて、昴は頷く。
「属性は金。わかる?」
「きん……。えっと、てつは……」
「金は土。土生金。でもそんなに難しく考えなくていいんだ。いつもそんな風に考えているのかい?」
「考えてないですけど、すごくでっかいし、かたそうだから……。たいへんなときは、なにでできてるかかんがえてからやるとうまくいくぞって、おかーたんがおしえてくれたんです」
新次郎は母を思い出したのか、嬉しそうに笑った。
青年の姿のままで。
そのやさしい笑顔に、昴も笑顔を返す。
「大きさなんて関係ないさ。スターは君に動かしてもらいたがってる。いつもしているようにすればいいんだよ」
「そっか、いつもみたいにすればいいんだ」
ぱっと笑顔を輝かせ、新次郎は再び正面を向く。

 「よーし、いくぞー!!」
瞬間、パパパッと目の前の計器類に光が宿る。
実にあっけなかった。
きゅうん、と機械が甘えるような音を立て、フジヤマスターは膝を伸ばした。
「いいぞ新次郎。そのまま直立した状態でいて。数値を計測するから……」
「え? うごいちゃだめだったんですか?」
昴の言葉に新次郎は少し困った声を出す。
「とんでくって、いってましたよ」
「飛ぶ?! 誰が?!  うわっ!」
昴が問いかけると同時に、スターは一瞬で飛行形態に変形する。
外で整備士達が叫んでいる声がかすかに聞こえた。
「まて、新次郎! とま……」
言葉は轟音にかき消された。
蒸気のジェットが吹き上がり、スターはほんの数瞬空中に留まったかと思うと、
そのまま急上昇して発進用のハッチから飛び出して行ってしまった。

 

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どうしよう。

 

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