甘い羊 5

 

 「すばるたん、このふく、なんかへんです」
「ふふ、そうだね、でも似合ってる。格好いいよ」
昴が褒めると、新次郎は照れくさそうな笑顔になる。

 新次郎はスターに乗る為に、昴と一緒に搭乗の準備をしていた。
戦闘服に着替えるのもその一つ。
本来ならシューターに入って着替えるのだが、慣れない新次郎が途中で落下したりしては危険すぎるので、普通に更衣室での着替えだ。
昴は彼の着替えを手伝いながら、我知らず胸が高鳴るのを感じていた。
久しぶりに見る彼の戦闘服姿。
涙が出るほどに嬉しい。

 小さな新次郎を心から愛しているけれど、同時に、やはり本来の彼に心底会いたかったのだと、昴は実感した。
本当の彼に会いたい。
抱きついて、口付けを交わしたい。
こんなに世話を焼かせて、文句の一つも言ってやりたいのに。
目の前にいる青年は、ただニコニコと邪気のない笑顔を向けてくるだけ。
それを見ると、今はまだ本来の彼ではないのだと思い出す。
恋人としてのキスや抱擁は、もう少し我慢しなければ。

 「すばるたん、このふく、うしろがひらひらします」
昴が複雑な感情に身を委ねている間、新次郎は燕尾服のような戦闘服の背面が気になるようで、くるくるとその場で回転していた。
行動だけ見ると本当に子供のままだ。
「ほらおいで、こっちだよ」
「はーい!」
昴は整備用の出入り口から新次郎の手を引いて入った。
整然と並ぶスターの勇姿を見るのは昴も久しぶりだ。
新次郎は大丈夫だろうかと隣を見上げると、彼はぽかんと口を開き、目をまん丸にしている。

 「わあああああーー!!」
まさしく子供のような高い声で喜びの声をあげると、一番近くにあったフジヤマスターに駆け寄った。
「みて! みてすばるたん! かっこいい!」
飛び跳ねるように機体の足元を駆け回り、最後には抱きついて大喜びだ。
昴もその様子を見てとりあえず安堵する。
もしも怖がったりしたらどうしようと考えていたのだ。
怖がるのを宥めて無理やり乗せるのは避けたかったから。
「うわー! うわー! すっごいなあ、かっこいいなあ」
新次郎は並んでいる機体を一通り近くで見物し、それから一番最初のフジヤマスターの前に戻った。

 「これがいちばんすき!」
きっぱりと言って、再びその足にしがみつく。
「やさしいかおだもん」
「新次郎……」
その瞬間、昴は胸に熱い物が込み上げてきて、うっかり涙が零れそうになった。
「そうだね。とってもやさしい機体だ。いつも君を守って……」
それ以上声に出すと本当に泣いてしまいそうだった。

 この機体と共に、彼はずっと戦ってきた。
嬉しい事も、悲しい事も、命に関わる怪我をした事もあった。
けれどもいつでも大河はこのスターと一緒に、仲間達を守ってくれた。
「これに乗るんだよ、新次郎。怖くない?」
昴は新次郎の隣に立って、同じように機体を見上げる。
「おっかなくないです。でもしんじろーがのっていいんですか?」
「もちろんだ。これは、君のフジヤマスターなんだから」
「しんじろーの……?」
新次郎は手を伸ばし、磨き上げられた機体に手の平を当てる。
そしてそのまま目を閉じて動かなくなってしまった。

 昴はその様子を見て、一瞬彼が元に戻ったのかと錯覚した。
それぐらい、彼の表情は大人びていた。
けれども振り返った満面の笑顔はやはり少し幼い。
「ほんとだ、のっていいって、いってる!」
「そうか……」
昴自身はスターと会話をした事などなかったが、きっと、彼にはわかるのだろう。
新次郎がそう言っているというのなら間違いない。
昴には彼の言葉を疑う理由がなかった。
スターがいいと言うのであれば、きっと上手く行く。

 「じゃあさっそく乗せてもらおう。僕も乗るのだけれど、それもかまわないかな」
「すばるたんがのってもいいですか?」
新次郎は振り返り、機体に向かってそう聞いた。
「……せまいくてもいいならどうぞって!」
「ふふ、そうか。じゃあよろしく頼むよ。フジヤマスター」
昴は純白の機体に優しく撫でるように触れ、笑顔になった。
やはり、新次郎は本当にスターと会話している。
なぜなら、昴はまだスターの内部が一人乗りで、狭くなっている事など何も話していなかったのだから。

 

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違うゲームになってしまう。

 

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