甘い羊 4

 

 「おーっす、おはよー。 ……! おわーっ!?」
楽屋に入ってきたサジータは、昴と新次郎を見るなりひっくり返りそうになった。
「新次郎?!」
「はい?」
名前を呼ばれて首をかしげるのは、外見だけ20歳の大河新次郎。
「サジータ、ちょっと話が……」
昴は眉間に指を当てて彼女を制止した。
けれどもサジータは興奮していてまったく話を聞いていない。
「元に戻ったのか! 久しぶりだなおい」
「違うんだ、少し黙って……」
「いやー、よかったなあ、一時はどうなるかと……」
「サジータ!」
まくし立てるサジータに向かって、昴はついに大声を上げる。
「なんだようるさいな」
「いいからちょっと!」

 昴はサジータをひっぱって楽屋の外に出た。
そこでかいつまんで事情を説明してやる。
「……はあ? まだ戻ってない?」
「そうだ。彼は何も知らないから、あまり戻った戻ったと言ってくれるな」
「わかったけどさあ、そりゃどうにもやり難いね……」
部屋に戻ると、新次郎は大好きな絵本を広げて楽しげだ。
声を出して文字を辿る。
「い、る、か、た、ち、は。えーと、おーおきな……えっと、う、み!」
「やれやれ、ホントに子供だねこりゃ」
サジータは苦笑しながら頭をかいた。
「おっはよー!」
そこへ今度はジェミニが飛び込んでくる。
「ああー! 新次郎! 戻ったんだ! やったね!」
「ジェミニ……」
昴は頭を抱えた。
この調子では、一人ひとり、全員に説明する羽目になりそうだ。

 そして、昴の危惧は現実となった。
その後到着した、ダイアナにも、リカにも、昴は事情を説明し、あまり騒がないようにと念を押す。
「しんじろー、じぇみにたんよりもおっきいですよ」
「本当だ! いいなあー新次郎」
「いいか、しんじろー、リカよりでっかくなっても、しんじろーはリカのおとーとだからな!」
ほのぼのとした会話が繰り広げられ、昴は一気に力が抜けていく。
今日は来るなりサニーに嫌な予定を告げられて、少しではあるが緊張していたのだ。

 「おや、浮かない顔だね」
昴の隣に腰掛けて、サジータは相手の顔を覗き込んだ。
「外側だけでも久しぶりに戻って、嬉しくないのかい?」
「嬉しいよ。すごくね」
本当に、嬉しいと思っていた。
長い間留守にしていた彼が戻ってきたように思えて。
けれども、午後の事を考えると気が重い。

 スターはとても特殊な乗り物だ。
そもそも、動かせる人間が世界中に数えるほどしか存在しない。
精神面に特に強く影響し、だから心の弱い人間には乗りこなせない。
暴走したり、極端に能力が落ちる。
昴は過去に起こったそのような事例をいくつか知っていた。

 今の新次郎は、見た目だけなら完全に元のままだが、
中身は幼い子供のまま。
もしも万が一、スターを暴走させるような事があったら、自分にそれを制御できるだろうか。
みんなと楽しそうに会話している新次郎を、昴は自愛に満ちた表情で見つめる。
どんな事になっても、彼にかすり傷ひとつ、負わせたくない。
「すばるたん、みてみて!」
考えていると、新次郎が駆け寄ってきて、座っていた昴に抱きついた。
隣のサジータはヒュウと口笛を吹く。
何しろ新次郎は見た目だけは大人なのだ。
普段の彼はそんな風におおっぴらにいちゃついたりしなかったので、事情を考慮しなければとても面白い。

 「ほら! しんじろうのて、こーんなにおっきいんですよ!」
しがみ付いた体を少しだけ離し、新次郎は昴の目の前に手を差し出す。
「えへへ、でっかくなれてよかったな、みんなをわるいやつからまもってあげるんです」
その言葉に、聞いていた皆の胸が熱くなる。
「しんじろーは、みんながだーいすきだから!」
追い討ちを受けて、ダイアナなどはもう目元をハンカチで拭っている。

 彼の言葉の通り、成長した新次郎は、みんなを守ってくれると、全員が知っていた。
どんなに自分が傷ついても、犠牲を厭わずに仲間を救ってくれる。
「ありがとう新次郎。僕達も君が大好きだよ」
星組全員が頷いたので、新次郎は照れたように笑った。
その表情は、皆が良く知っている、愛する隊長の懐かしい笑顔だった。

 

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素の状態では難しい。

 

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