甘い羊 2

 

 体だけ元に戻った新次郎は、昴がホテル内のショップで急遽購入してきた、
大人用の服を着るのに悪戦苦闘していた。
「すばるたんーぼたんできません」
「やってあげるよ。おいで」
散々挑戦してから、新次郎は諦めて昴に助けを求めた。
以前は出来ていたのに、今はなぜ出来ないのか、昴は理由を考える。
おそらく、急激に長くなった手足に順応しきれていないのだ。

 昴は彼に白いシャツを着せてやりながら、昨日までとの違いを実感していた。
しっかりした胸板。
ほどよく鍛え上げられた腹筋。
中身が子供じゃなかったら、こんな光景を目の前に突きつけられてとても平静じゃいられなかっただろう。
それでも昴は、目前の光景をなるべく視界に入れないように気をつけながら服を着せてやった。
昨日まではすべてがぷにぷにと柔らかかった体が、今は何もかもがしっかりと硬い。
「さて、シアターはどうしようかな……」
なんとか服を着せ終わり、昴は腕を組む。
こんな状態で連れて行って大丈夫だろうか。
「おしごといきますよ! しんじろーはでっかくなったんだから、ちゃんとおしごとできますよ!」
昴の心配とは裏腹に、当人はやる気満々だ。

 「ふふ、仕事はしなくてもいいんだよ。でもやはり行くしかないだろうな……」
次の公演までそんなに日がない。
突然休んだりしたら皆に迷惑をかけてしまう。
ましてやこんな状態の彼を置いて自分だけ仕事に行くわけにもいかない。
となればやはり、いつものように連れて行くしかないのだろう。
昴は受話器を取ってタクシーを呼んだ。
「おさんぽしながらいかないんですか?」
「今日はね」
新次郎を信じてはいたが、アンバランスな状態の彼をあまり人目につけたくなかった。
変な噂でも立ったら、彼が元に戻った時に恨まれてしまう。
「しんじろーはくるまもだいすきですよ!」
そう言って朗らかに笑う。
口調や行動以外の外見は、まったく以前の彼と変わらないので、その度に昴は鼓動が早まった。
まだ彼が小さな子供になってしまう前は、いちいち動悸などしなかったのに、
久しぶりにやさしい表情を間近に見ているせいか涙が出そうなほどに嬉しい。

 新次郎は最初、まっすぐ歩く事も大変そうだった。
足がもつれているし、昴が気をつけていないとあちこちにぶつかりそうになる。
やはり成長した手足に対応し切れていないようだ。
「そこ、気をつけて」
昴がすぐ横に立って見上げると、新次郎はなにやらとても感激したようすで目を輝かせている。
「どうした……?」
「……すばるたんよりもでっかい!!」
「!」
確かにその通りなのだが、思わぬ事実に昴は目を見開いた。
新次郎は嬉しかったのか、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「すっごい! しんじろーでっかくなったー!」
「わ、わかった。わかったから! あまり暴れるな!」
小さい頃なら良かったが、この図体で飛び跳ねられると家具が揺れる。

 だがしかし、昴が注意した途端、新次郎はピタリと止まって目を潤ませた。
「ごめんなさい……」
強く言ってしまったせいで、新次郎は今にも泣きだしそうだ。
「ああ、ごめん、ごめんよ……。君は悪くないんだ」
体が大きいので、つい以前の大河にするように接してしまう。
中身が子供だとなかなか思えない。
「すばるたん」
新次郎は大きな体のまま、昴にしがみ付いた。
「おっと……」
思わずよろけてしまいそうになるが、なんとか踏みとどまり、その体を支えて頭を撫でてやる。

 「新次郎、ごめんよ。君が急に大きく育ってしまった物だから、つい言い方がきつくなってしまうんだ」
撫でてやりながら、昴は昔の事を思い出していた。
こんな風に、泣いている彼を抱きしめて慰めたのははじめての事じゃない。
そしてその時も、落ち度があったのは昴のほうだった。
あれは何が原因だっただろうか、そんな事を考える。
「すばるさん……」
不意に、新次郎が、今までの舌足らずな言葉ではなく、はっきりした発音で昴の名前を呼んだ。
ハッとして彼を見るが、やはりしっかりとしがみ付いたまま離れようとしない。
口内も発達したおかげで発音も明瞭になったのだろうか。
「さあ、遅刻してしまわないように、もう出発しよう、ね」
「はい。すばるたん」
泣いた目を擦る新次郎は、また発音が不明瞭で、昴はつい笑ってしまった。

 

 

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すばるさんって、久しぶりだなあ。

 

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