甘い羊 1

 

 昴はその日、いつもと同じように目が覚めた。
すなわち、念のためにセットした目覚まし時計よりも一分だけ先に目が覚めた。
隣でスヤスヤと眠っている子供に視線をやり、静かに微笑む。
「おはよう。もう少し眠っていて良いからね」
初めの頃、昴は目覚めると新次郎も同時に起こしていたのだが、
子守に慣れてくると、自分の支度が完了するまではそのまま寝かせて置くようになった。
その方が効率がいいし、新次郎にもずっと付いていてあげられる。

 目覚ましのスイッチを切ると、そっとベッドから抜け出して、洗面所に向かい、
顔を洗い、着替えを済ませ、新次郎を起こしに再び寝室へと戻る。
「新次郎、朝だよ」
寝室の扉を開けながら、昴は声をかけた。
「ん〜……」
「ほら、顔を洗っ……」
昴の言葉は途中で途切れた。

 「はあい……」
もぞもぞと布団から体を起こしたのはまぎれもなく昴の大好きな新次郎だった。
けれども。
「なっ?! 大河?!」
「はい?」
そこにいたのは小さな子供ではなく、先日20歳になったばかりの、青年、大河新次郎だった。

 新次郎のパジャマはあちこちが破れてボタンもはじけ飛んでしまい、燦々たる有様だ。
ズボンもゴムが伸び切っていて太股の部分は破けている。
「大河! 元に戻ったのか!」
「なにがですか?」
昴の言葉に首をかしげ、目を擦り、昴を見つめ返す。
「おなかがくるしい〜……」
ぱつぱつになっているズボンのゴムのあたりを新次郎はさすった。
そのまま脱ごうとする。
「ば、ばか! ここで脱ぐな!」
「え? でも、すっごくきつきつです……」
「寝ぼけているのか?!」
「すばるたん……なんかこわい……」
舌足らずに名前を呼ばれて、昴はハッとした。

 「新次郎……?」
良く見れば、表情も仕種も子供のそれのままだ。
「ぱじゃま、ちっさいよう。うっ……。ひっく……」
声は大人の新次郎。けれども言ってる事はまるで子供だ。
「ああ……。ご、ごめん、脱いで良いよ。手伝ってあげる」
昴は慌てて彼の傍へと駆け寄った。

 何度か元に戻りそうな出来事があったために、昴も事態に察しがついた。
さほど混乱しないままに、状況を理解する。
どうやら今回は、心はそのままに、体だけ戻ってしまったようだ。
「ほら、腕を上げて」
「はあい……」
素直に従うその腕は、昴よりもずっと太い。
「あれえ、すばるたん、なんかしんじろーあしがでっかいです」
徐々にはっきり目が覚めてきたのか、見下ろす自分の足をしげしげと見ている。
「あれれ?? あれー?」
言いながら、体のあちこちを眺め回していた。

 その間に昴は彼の上着を慎重に脱がせていく。
着たまま中身がサイズアップしてしまったので、痛くないように気をつけながら。
ズボンは新次郎が自分で脱いだ。下着ごと。
「!! 新次郎、ちょっとまって!」
昴はすかさず後を向いた。
ちいさい彼のその部分は何度も目にしたが、大人の彼のはまだ見たことがない。
彼本来の意思とは関係なくしっかり見てしまっては申し訳ないと思ったのだ。
急いで洗面所に取って返し、バスタオルを抱えて目を覆いながら新次郎に手渡す。
「これで体を巻いていて」
「ねえすばるたん、しんじろーなんだかおっきいんですよ。あっちこっち」
「うん。……せ、成長したんだろう……」
昴は苦し紛れにそう言った。
他になんと言って良いかわからなかったからだ。
自分の言葉に笑ってしまいそうになる。
「せーちょー!?」
「そ、そうだよ。でも多分また小さく戻るから、心配しないで」
今までの経緯を考えると、この不安定な状態は長続きしない。
このあと完全に大人の状態に戻るか、もしくはもう一度子供に戻るかだ。

 けれども小さく戻るといわれた新次郎は頬を膨らませた。
「でっかいまんまでいいのになあ」
その口調や表情が、中身が子供だと言うのに元の大河のままだったので、昴は微笑む。
「そうだね。そのままかもしれない。このままじゃ着られる服がないな。下で着替えを調達してくるから少しだけ留守番していてくれるかい?」
「はーい!」
元気な返事を聞いて、昴は新次郎の頭をやさしく撫でた。
その髪の感触は、少しだけ、前よりも柔らかさを失っていた。

 

すーこ様のキリリクで、外側だけ大人になった新次郎です。
逆コナン。

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いつもよりも世話がやける。

 

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