はじめての……10

 

 銀行強盗が連行された後、昴は警官達に捜査の協力を申し出されたが、小さな子供を連れているからと断った為、
代わりにリカがその場に残り、状況を説明する事になった。
「リカにまかせとけ!」
「頼もしいな。頼んだよリカ」
自信たっぷりに宣言する彼女の頭をやさしく撫でてやって、新次郎と共にシアターへの帰路へつく。

 途中で新次郎は、床に落ちたままだった、ROMANDOで購入した鉄扇を拾い上げた。
「それは……」
「すばるたんにあげます」
無骨な鉄の塊は、昴が普段使っている倍ほどもある巨大な鉄扇だった。
「……ありがとう……」
断るわけにも行かず、差し出されたそれを受け取ると、昴にも重いと感じる代物だ。
こんな物を持ったままここまで運んできたのだろうか。

 「りかたんと、こうたいでもってきたんです」
昴が質問する前に、本人が元気良く答えた。
見上げてくる瞳は期待に輝いている。
「すごいよ。えらかったね」
「えへへ、やったー!」
褒めてやると、新次郎は両手を広げてその場をくるくると回った。
リカの行動を真似しているのかもしれない。

 強盗に掴まりそうになった事はあまり気にしていないようなので、昴はとりあえず安堵した。
こんな事がトラウマになってしまったりしたら、元に戻った時にも影響があるかもしれないから。
それにもう一つ、他に気がかりな事があった。
「そういえば、さっき、怖くなかったかい?」
「おっかなかったですけど、わるいひとは、りかたんがやっつけてくれるからへいきです。すばるたんもきてくれたし!」
「そうじゃなくて……」
昴は、幼い彼が怒れる昴を見ても平然としていたのが信じられなかった。
リカは戦士としての昴を知っているからわかるが、
強盗はもちろん、離れた場所にいた銀行員や客たちも震え上がっている様子が見えたのに。
それは生き物として当然の事で、本能の問題だったから。
真実の殺気に当てられた時、人はみな恐怖という感情を隠さずにはおかない。

 過去に何度も、そんな場面に遭遇してきた。
ごく親しい人たち、そうじゃない人たち。
昴の静かな怒りの感情を間近で受けた人々は、みな昴を恐れ離れて行く。
そしてそれきり、二度と近寄ってこない。
遠巻きに、まるで化け物を見るような目つきで昴の姿を隠れ見るようになる。

 「ちがうんですか? わるいおにいさんたちは、やっつけてやるってりかたんはいつも……」
「いや、そうじゃなくて。……僕の事、怖くなかった?」
昴は恐る恐る聞いた。
「すばるたんが?」
新次郎は目をぱちくりさせて昴を見上げる。
「なんで?」
本当にさっぱりわからないと言う表情だ。

 「……いや……なんでもないよ。怖くないならいいんだ」
「へんなすばるたんー」
新次郎は昴の足にしがみ付き、キャハハ、と、大きな声で笑った。
彼が、自分を恐れないでいてくれることが嬉しい。

 いつもそうだ。
昴はふと思う。
いつも彼は僕を恐れない。
昴が今想っているのは、目の前にいる小さな存在ではなく、恋人である彼の姿だった。
どんなにどんなに怒っても、大河はすぐに平気な顔に戻って話しかけてくる。
恋人として交際しようとなった時だってそうだ。
あの時どんなに殺気を込めて脅したか。
変化する自分に耐えられず、僕に二度と近寄るな。と、本気で脅したのに、彼は全然聞いていなかった。
そしてそれが、泣くほど嬉しかった。
「昴さんだって本当はぼくが好きなはずです」
どこからそんな自信を得たのかわからないが、にっこりと笑ったその時の顔が忘れられない。
事実だったから何も言えなかった。
好きで好きで、気が狂ってしまうのではないかと思うほど、彼の事が愛しかった。

 今、また、彼は僕を怖がらない。
そう思うと昴は嬉しくなってくる。
きっと、何度やりなおしてもそうなのだろう。
たとえ生まれ変わったとしても……。

 「鉄扇をありがとう、新次郎。大事にするよ」
そう言うと、新次郎は真っ赤になってしまった。
どうやら小さいながらも照れているようだ。
昴もそれに答えるようにやさしく微笑む。
本当は加山に鉄扇を返すつもりだったのだが、気が変わった。
記念に取っておく事にして、重い扇を脇に抱える。
大河新次郎がプレゼントしてくれた品物の中に、新たな一品が加わるのだから。

 

ちびじろー始めての銀行強盗遭遇編終了です。

TOP 漫画TOP

鉄扇の残りのお金も加山さんに払ってあげてください。

 

inserted by FC2 system