はじめての…… 1

 

 昴は新次郎を連れて5番街にあるデパートに食料品を買いに来ていた。
人が多く集まる場所だったので、昴はメガネをかけて簡単な変装をしている。
本当は買いに出なくともホテルに頼めばなんでも揃うのだが、外に出かけた方が新次郎が喜ぶから。
ホテルの中は便利だが閉塞感が強い。
昴は新次郎が部屋に来てから、以前の何倍も外出するようになった。

 「ねえねえすばるたん、このおさかなでっかいですねえ」
「本当だ。これはちょっと僕達の夕飯には大きすぎるな」
新次郎が指し示した魚は、日本では目にしないような派手な色をしている。
昴も見た事のない魚だ。
どこか熱帯地方の魚なのだろう。
もしも新次郎が欲しがったらどうしようか、などと一瞬悩むが、子供は原色の魚に食欲をそそられなかったようだ。
「しんじろーはちいさいおさかなのほうがすきです」
「そうだったね」
昴は頬を緩ませて愛しい子供を見下ろした。

 新次郎は大人になっても小さい魚が好きだよ。
そう教えてやりたい衝動に駆られる。
かわいらしい好物だとずっと思っていた。
残念ながら、ここには子女子などの小魚は売っていなかったけれど、機会があれば食べさせてやりたい。
繋いだ手がぷにぷにと柔らかくて、昴はそれだけで嬉しくてたまらない。
この手がたくましく育った時、その時はこの子がこの紐育を救ってくれる。
そう考えると誇らしさで胸が満たされた。

 牛乳やパンなどを少しだけカゴに入れ、レジへと進む。
昴がサイフを取り出すと、新次郎は身を乗り出してその様子を見ていた。
「すばるたん、しんじろーがおかねだしたいな」
「ん?」
まばたきして新次郎を見下ろすと、彼は両手広げを昴に向けて手を伸ばし、目を輝かせている。
「ふふ、わかった。じゃあお願いしようかな」
昴は新次郎に1枚の札を渡してやった。

 「わあ……」
受け取った札を新次郎はしげしげと見ている。
そういえば、この国のお金を渡したのは初めてかもしれないと昴は思った。
「はい、おねーたん!」
お金をしばらく眺めていた新次郎だったが、支払いを忘れたわけではなかった。
カウンターに身を乗り出して、レジの女性に満面の笑みでお金を手渡す。

 「まあぼうや、えらいのねえ」
「えへへ」
褒められて、新次郎はますます嬉しそうだ。
「ちゃんとできました!」
昴の方を振り返って報告してくれたので、昴は彼を抱き上げてもう一度レジの方を向かせた。
「まだだよ。おつりを貰わなきゃだめじゃないか」
「あ! そうか」
今度はちゃんとお釣りも貰い、新次郎はちいさな手の平にあふれそうになっている小銭を握り締めた。
「はい、すばるたん、おつり!」
「えらかったね」
昴は新次郎を降ろしてその頭を愛情を込めて撫でてやる。

 「そのお金は新次郎にあげるよ。部屋に戻ったら財布になるものを探そうか」
「え?!」
新次郎は手の平の中の輝く硬貨を見つめる。
「く、くれるの?!」
驚きのせいか、いつもの敬語も使わずに、新次郎は身を乗り出してきた。
その様子があんまり真剣だったので昴も笑顔になる。
「大事に使うんだぞ。財布を用意するまではポケットに入れておいで」
「はい!」
ズボンのポケットに小銭をパンパンに詰め込んで、新次郎は昴に抱きついた。
ぶつかってくるような勢いに、昴もよろめいてしまう。
「ありがとうございますすばるたん! だいすき!」

 どうして新次郎がこんなにお金を喜ぶのかわからなかったが、
とにかく彼が心底嬉しがっている様子は伝わってくる。
一人では買い物に行けないのだからと小遣いを与えないでいたが、使わなくとももっと早くに渡してやればよかった。
昴はそう考えながら新次郎と手を繋ぎ家路についた。

 「ねえ、すばるたん、こんどこのおかねでおかいものしてもいいですか?」
新次郎はポケットの上から硬貨をパンパンと叩いた。
「もちろんかまわないよ。その為に渡したんだから」
そう言ってやると、新次郎は手を繋いだままその場でタップを踏むようにして嬉しそうに跳ね回った。
ポケットの小銭がちゃりんちゃりんと音を立てる。

 昴はその様子を見て目を細めた。
今日はもう帰宅するが、シアターの行き帰りにどこかに寄ってもいい。
マギーの店などには新次郎が喜ぶような菓子も手ごろな値段で沢山売っている。
きっと喜んでくれるだろうと思うと頬が緩む。

 まさか彼がこの硬貨を使ってあんな物を買いたがっているとは夢にも思っていなかったから。

 

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買い物がしたい新次郎です。

 

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