いつかこの街で 8

 

 昴とさくら、そしてレニは、長い時間テラスで会話を楽しんでいた。
気がつけばもう深夜に近い。
残念だがそろそろ切り上げなければならないだろう。
会話の最後に、さくらはどうしても聞きたかったことを思いきって質問した。

 「昴さんは、大河さんのどこに惹かれたんですか?」
さくらは大河をかわいらしい少年のように思っていた。
まっすぐに純真で、見た目も子供のようだったけれど、
目の前にいる昴は、身長こそ低かったがとても大人びていて、大河と気が合うようには見えない。
何がきっかけであんな風に恋人同士になれたのか、非常に興味があったのだ。
ついさっきまでは、恐ろしくてとても聞けなかったけれど、今はもうすっかり馴染んでしまっていた。

 「どこに……? ふふっそんな事、僕が一番知りたいよ」
昴はさくらに向かって微笑む。
その笑顔がとても美しかったので、向けられたさくらも、横で見ていたレニも思わず吐息を漏らしてしまう。
「彼に出会うまでの僕は……。そうだな、他に生き方を知らない無知な人間だった」
「昴さんが、無知?」
「わかるよ。知らないって、怖いこと」
レニの言葉に昴は黙って頷いた。

 「恐れていないふりをして生きていた。それが虚構だと気がつかずに」
戦士として、とるべき態度をとっているだけだと思っていた。
そこに他人との交流は必要なくて、人間関係を円滑に保つために演技で笑う以外に笑顔を作る理由はない。
「でも大河は教えてくれた」
昴は自分の手の平をじっと見た。
小さい手。細く白い指。
この手でどれだけの物を傷つけてきたのか、そんな事を考える必要も、恐れる必要もなかった。
「彼が無知だった僕を導いてくれたから、なのかな」
笑う事、他人を思いやる事、愛する心を教えてくれた。
同時に、失う事の恐ろしさも。
「大河がいなかったら、僕はきっとまた忘れてしまう。それが怖くて僕は二度と帰るまいと思っていた日本にまでついて来てしまった」
昴は自分に対して苦笑いしてしまった。
彼はすぐに紐育に帰ってくるのに。もしも、万が一、帰ってこなかったらと思うと不安で、いても立ってもいられなかった。
強引について来てしまったが、ラチェットには悪い事をした。
今頃紐育で四苦八苦しているはずだ。

 「日本は、きらい?」
レニは首をかしげる。確か以前欧州で一緒に戦っていた頃、昴は日本に帰る気はないと言っていた。
「わからない……。でもここはそんなに悪くないよ」

 日本に帰る気がなかったと聞いて、さくらは複雑な思いだった。
さくらは日本人としてこの国が大好きだったし、おそらく大河もそうだろうと思っていたから。
故郷の国に帰りたくないなんて、そんなに悲しい事はない。
「昴さん。明日、大河少尉と一緒にお出かけしてみてはいかがですか? 久しぶりに日本を見て回って下さい」
そうさくらに提案され、昴はレニの顔を見る。
「明日?」
「明日は……、全体練習がないから……」
「ふうん、そうなのか。デートはいいけど、どうして急にそんな事を?」

 「うふふ、明日の朝、良いものをお届けします。大河少尉と素敵な時間が過ごせるとっておきのアイテムですよ!」
「とっておきの、ねえ」
「……心配……」
二人に不審な視線を向けられて、さくらは頬を膨らませて抗議した。
「絶対に大丈夫です! 大河少尉だってきっと喜びますよ」
「大河が喜ぶ、ね。……わかった。じゃあまかせるとしよう」
ここに来てから、ずっと大河には心配をかけ通しだ。
大神に大河が注意されたのだって、昴が悪乗りしてさくらにキスをみせびらかしたせいだ。
彼が喜ぶというのならやってみたい。
せめてもの罪滅ぼしになればいいと思った。

 「了解です。それじゃさっそく準備しなきゃ、昴さん、こんな時間までお話してもらっちゃって、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ、楽しかったよ」
昴は立ち上がって手を伸ばした。さくらも少し恥ずかしそうにその手を握る。

 

 レニは安心したように二人の様子を見守っていた。
このまま昴は帝都の誰とも打ち解けないまま帰ってしまうのではないかと心配だった。
少なくとも、昔の昴だったならそうなっていただろうから、昴を変えてくれた人物に感謝を送る。
自分が変化を迎えた時の衝撃は今でも忘れられない。
今までの世界が崩壊していく恐怖。
けれども大神がしっかりと支えていてくれたから、なんとか耐え切る事ができた。
そこから生まれた新しい世界は前とは比べ物にならないほど美しくて、今でも日々喜びで胸が満たされる。
昴もきっと、あの恐怖と感動を知っているのだろう。
愛する人と、美しい世界を知る喜びを今まさに経験している。
自分よりも頑なだった昴がそんな風に変わっていることが嬉しくて、レニは心の中で旧友におめでとうと、囁いた。

  

TOP 漫画TOP

昴さん大丈夫かなー喧嘩してないといいけど、とかドキドキしながら待っていると思います。

 

inserted by FC2 system