いつかこの街で 6

 

 「気になるのなら部屋に戻れば良いんじゃないか?」
さっきから落ち着かない様子の甥っ子に、大神は苦笑してみせる。

 花組の彼女達と昴とを仲良くさせたいと甥っ子に言われた時、
大神はすぐに その提案を受け入れた。
部下の精神状態を気遣うのは上官として当然だし、確かに昴は誰とも馴染もうとしない。
紐育での昴がどのような態度で過ごしているのかは知らないが、ここでの昴は協調性がまったくなかった。
その人物を思ってか、甥はさっきから立ったり座ったりを繰り返すばかり。
甥にしてみれば、部下であり、恋人でもある人物の様子が気になって仕方がないのだろう。

 「いいえ、もう少し待ってみます」
大河は浮かせかけた腰を再び落ち着けて、机に置かれた日本茶を無理に啜った。

 光武の整備室で、大河と大神は事のなりゆきを待っている事にしたのだが、提案した大河の方が落ち着かない。
夜になれば昴は必ず一度は大河の部屋を訪れる。
その際にさくらが大河の部屋にいれば、否応なしに会話をしなければならないだろう。
きっかけを与えて、そこから何か交流が生まれればいいと大河は思っていた。
思ってはいたけれど、昴の性格を考えると、関係が悪化する可能性もかなり高い。
「もっと違う場所の方がよかったかなあ……」
自分の部屋だと何か誤解が生じるのではないか。
「ああ、それに何時にぼくの部屋に来てくださいって最初から言っておけば良かったかも……」
そうすればこんなに何時間もヤキモキせずにすんだのに。
後悔してももう遅いし、今更変更するわけにもいかず、溜息を落とす。

 「大丈夫さ。さくら君は誰とでも仲良くなれる子だ。途中経過では色々あるけどね」
確かに色々あった。
大神は過去の出来事を思い出して顔を引きつらせた。
「すみれ君とも最初は犬猿の仲だったんだ。でも今ではすっかり親友だよ」
今も隙あらば喧嘩しているなどとは言わない。

 「昴さんとも仲良くなってくれるといいんですけど……」
心配そうな甥っ子に、大神はうんうんと頷いてみせる。
「部下の事を気に掛けられるようになるなんて、お前も成長したよなあ」
しみじみというと、褒めたつもりの甥っ子はなぜか浮かない顔のままだ。

 「昴さんはぼくの部下なんかじゃありません……」
「部下じゃない?」
大神は眉間を寄せて聞き返す。
「しかし、昴くんは今も紐育歌劇団の所属だろ?」
間違いではないはずだ。
転属になったと言う話は聞いていないし、何か役職を持っているという話も知らない。
しかし考えてみれば、甥っ子はいつでもあの昴という人物に対して丁寧な態度をとっていた。
つねに敬語だったし、呼び捨てにしたりもしない。
対する昴の方は逆にぶっきらぼうとも取れる口調で接しているようだった。

 大神は、もしかして何か自分の知らない内部の事情でもあるのかと勘繰った。
部下じゃないという事は、すなわち上司か同僚でしかありえない。
「あ、そう言う意味じゃないんです」
叔父の困惑に気がついたのか、大河は慌てて両手を振る。

 「ぼく、いつも昴さんに助けられてて、とても部下だなんて思えないんです」
「おいおい……」
「昴さんだけじゃなくて、星組のみんな、……みんな同じ仲間に思えるんです」
大河は笑顔のまま、きっぱりとそう言った。

 甥っ子の言葉に、大神はさきほどよりも困惑を深くした。
正式に隊長に就任が決まったとき、我が事のように喜んだのはつい最近だ。
けれども甥っ子の表情は晴れ晴れとしていて、後ろめたい事などあるようには見えない。
「みんなに色々な事を教わっています。毎日毎日。ぼくは隊長になったけど、それは責任を取れる人間になったってだけの事なんです」
「むずかしい事をいうなあ」
大神は思わず笑ってしまった。
さっきはこんな甘い考えを持つ甥を叱ってやろうと思ったのに。

 以前、新次郎が大怪我を負って生死の境を彷徨っていると連絡を受けたとき、
大神は自分が紐育へ行かなかった事をまず最初に後悔した。
甥を紐育へ派遣しようと決めた時、まだあの地には大規模な敵が現れたことがなかったから、
だからこそ士官学校を出たばかりのかわいい甥を送ったのに。
それなのに自分の見通しが甘かったせいで、あの子がいま死の縁を彷徨っているのだと思うと、
いても立ってもいられず、何度も紐育へ飛ぼうかと考えた。

 「お前はちゃんと務めを果たしているさ。でもいつかは部下を部下として扱えるようにならないといけないぞ」
大神自身、あまりその点についてはえらそうな事はいえないのだが、
甥っ子は特に境界線があいまいなようだったので釘を刺す。
おそらく、そんな甥のやさしさが、彼自身を死の危険にさらしてしまったのだろうから。
もう二度とあんな事になってほしくない。

 「それだけじゃなくて昴さんはぼくにとってすごく特別な人だから、部下だなんて思えないんです」
「困った奴だな」
大神は呆れたように腕を組む。
「だから……。日本でも笑って一緒にすごせる友達ができたらいいのになって……。そう思ったんです」
大河はさっきにくらべると大分落ち着いた様子でそう語ると、すっかり冷めてしまったお茶をに口を付けた。

 

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体が勝手に動く以外はあまり似ていない。

 

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