いつかこの街で 5

 

 それからは帝都での日々も特に問題なく過ぎていった。
積極的に様々な事を学ぼうとしている大河とは対照的に、
昴は極力花組の面々と関わらないようにしているようだった。
彼女達が昴に色々と聞き出したいと思っているのはあきらかで、
昴がそれを面倒だと思っている事もまたあきらかだった。
花組と昴が接触していないおかげで何も問題が起きなかったが、したがって親しくなる事もまったくない。
大河はなんとか昴と彼女達とを仲良くさせようと試みていたが、なかなか上手く行かないまま日々は過ぎていく。
ヘタをすればますますこじれてしまうかも知れないから。

 滞在予定日も残りわずかになったその日の終わりに、
舞台の上を雑巾掛けしていた大河に、さくらがおずおずと近づいてきた。
「あ、あの、大河少尉」
「さくらさん、まだお休みにならないんですか?」
大河は手を止めて立ち上がり、額の汗を拭う。
季節は冬だったが、積極的に体を動かしているせいでまったく寒くない。

 「お仕事中にごめんなさい。少しだけお話がしたくて。よろしいでしょうか……」
不安げに聞かれて大河は笑顔を返した。
「もちろんいいですよ。やだなあ、さくらさんの方がぼくの先輩なんですから、遠慮しないで下さい」
大河の部下であるはずの紐育の面々は、遠慮なく言葉を投げかけてくる人ばかりだったので、
こんな風に慎重に話しかけられると少し恥ずかしい。

 「そこに座りましょう、はい、どうぞ」
大河はポケットからハンカチを取り出し、舞台の縁に腰掛ける形になるように敷いた。
「わあ、ありがとうございます」
さくらは大河の用意してくれたハンカチの上に座って、少し照れたように笑う。
「大河少尉は大神さんよりも紳士なんですね」
「ええ?! ぼくが、ですか?!」
驚いた様子の大河に、さくらは熱心に頷いてみせる。
「そうですよ。大神さんは気がきかないんですから」
そう言ってしまってから、慌てて口元を押さえた。
「いけない! またこんな事言っちゃって……。ないしょにしておいて下さいね」
「えへへ、もちろんです。叔父さんが花組の皆さんと、本当に仲が良いんだなってわかって嬉しいです」
大河は普段、真面目で完璧な叔父しかしらなかった。
気がきかない、なんて隊員に言われてしまう側面もあるのだと思うと、かえって嬉しい。

 大河は舞台の縁に腰掛けて足をぶらぶらさせていた。
さくらが話したい事があると言ってきたのだから、自分からどんどん喋ってしまうわけにはいかない。
なんとなく気まずい沈黙がしばらく続いた後で、ようやくさくらは話し始めた。
「……大河少尉、ひとつお伺いしたいのですが……」
「なんですか?」
大河が問いかけると、さくらはやはり言い難そうにしていたが、それでも一生懸命に話し出す。
「昴さん、もしかしてわたし達の事が嫌いなんでしょうか」
「ええ?! 昴さんが?!」
「はい。だって、いつも大河少尉以外の人と関わらないようにしているようですし」
「そ、そうか……」
大河は顎に手を当てる。

 確かに昴は花組の人々を避けている。それは間違いなかった。
けれどもそれは花組のみんなが嫌いというわけではない。
あの人は、よっぽど親しい間柄でなければ、自分から積極的に交流したがらない人だから。
一生懸命それを伝えようとしたが、上手く伝わらない。
「避けていらっしゃるって事は、嫌いだって事ですよ」
「違います! うーんなんて言っていいのかわかんないなあ……」
大河は頭を抱えてしまった。

 「嫌われているのは残念ですけれど、それならそれでいいんです。わたし達も気をつけ……」
「違うんですってば!」
つい大河は大きな声を出してしまって慌てて謝罪する。
「ごめんなさい。そうじゃないんです。昴さんは皆さんが嫌いなんじゃありません。ただちょっと……不器用な人だから……」
「不器用な?」
大河はいからせていた肩を落とし、息をついた。
そうしてさくらの顔を見る。
「さくらさん、昴さんと話してみてもらえませんか?」
「ええ?!」
「きっと、仲良くなれますよ」

 大河にも本当は確信がなかった。
昴とさくらは決して気が合いそうに見えなかったからだ。
さくらはなんとなく昴を恐れているように見えるし、
昴は自分を恐れる人間に容赦しない。
けれどもこんな状態のままで紐育に帰ってしまったら、きっと悔いが残ると思った。
「今夜さくらさんはぼくの部屋にいてください。ぼく、一郎叔父のところに行きますから」
「で、ででででも! む、無理ですよ!」
さくらはその場に立ち上がり、必死で首を振った。

 「昴さんはとってもやさしい人です。お願いですから怖がらないで」
大河も立ち上がって、困惑した様子のさくらの肩に手を置いて、穏やかな視線を向ける。
「本当に怖がっているのは昴さんの方なんです。どうか、お友達になってあげてください」
この日本で最初の友達に。

 

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関わりたくない昴さん。なお悪い。

 

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