美しき日常 5

 

 昴さんと大河さんが戦う様子を、ただうっとりとながめていた私ですが、
背後から、太く大きな腕が私の首に回され、そのとき初めて、敵の方々に他にも仲間がいた事に気付きました。
「動くな!」
昴さんや大河さんはもちろん、他の全員が動きを止めてこちらに視線を集中します。
「まったく何をもたもたしているのだか。早くふんじばれ」
男たちが昴さんを押さえつけようとしたその時。
「昴さんに触るな!」
大河さんが大声を出したのです。
こんな場合だと言うのに、わたし、感動してしまいます。
「大河、大人しくしていろ」
けれど、それを止めたのは、他ならぬ昴さん自身の声。
「でも……」
「大河、……だ」
昴さんは、素早く、何事かを言葉になさったのですが、私にはわかりませんでした。
お名前の所だけはわかりましたけれど、きっと、日本語だったのでしょう。
「おい、黙れ!」
自分達にわからない言葉を使われて、男達は怒っているようでした。

 わたしのせいで、わたしがまた捕まってしまったせいで、
大河さんや昴さんまでもが……。
絶望的な気分だったわたしですが、ふと気が付いたんです。
昴さんと大河さんが、しっかりと視線を交わし、時折小さく頷いているのを。
二人とも、まったく悲しげな表情ではありませんでした。
瞳がキラキラと輝いて、とても掴まってしまっている人間とは思えません。
その時、大河さんはわたしをチラリと見て、それからにっこりと微笑んだんです。
あ……、いつもの、大河さんの笑顔……。
急に怖かった気持ちが消えて、わたしもしっかりと頷き返します。

 「ダイアナ」
すぐ右隣にいた昴さんがわたしに声をかけてくださいました。
「は、はい」
「合図をしたらしゃがむんだ」
「はい」
ここが正念場なのですね!
今度こそ、絶対に足手まといになんかなりません!
「おいこら、黙れって言って……」
「ダイアナ! 今だ!」
「はい!」
わたしは夢中でその場にしゃがみました。
瞬間、右頬を突風がかすめ、背中をトンと押されたような気がしたんです。
男の人があげるくぐもった叫びがいくつか。
目を閉じ、地面にしゃがんで、ほんの数十秒のことだったと思います。

 「ダイアナさん!」
「は、はいっ!」
大河さんが私の腕を取り、立ち上がらせてくれました。
あっというまのことです。
「行きます!」
「で、でも、昴さんは……」
「大丈夫! さあ走って!」
腕を引っ張られ、駆け出しながら一瞬後ろを振り返ると、すでに半分以上の相手が倒れています。
数名に減った男達を昴さんが舞うような動きで、今また一人倒した所でした。
「このままマーキュリーへ!」
「はい!」
マーキュリーにはすぐに到着しました。
それほどまでに近い場所で、あんな恐ろしいことがあったのです。
大河さんはわたしをドアから押し込むと、踵を返して駆け戻ってしまいました。

 わたしも戻りたい!
強く思いましたが、戻ったところでまた足手まといになるのはわかっています。
ほんの少し走っただけの今だって、こんなに息があがっているのに。
「どうした、ダイアナ。スバルとシンジロウは?」
ドッチモさんに声をかけられて、返事をしようとしたその時。
「僕はここだ」
静かな返事に振り返ると、大河さんと昴さんが並んで戻っていらっしゃったところでした。
ああ、良かった……。
お二人とも見たところ怪我もなく、少しお洋服が汚れてしまっていますが大丈夫のようです。

 「良かったお二人とも……。わたし、どうしようかと……」
「心配ないよ。ドッチモ、裏の路地に何人か伸びてるんだ。ケンタウロスに連絡して、どこの連中か調べて締め上げてもらってくれ」
「やれやれ、またかい。まだまだここも治安が悪いな」
ドッチモさんは溜息をついて、それからわたしに向かって少し寂しそうな笑顔を。
「すまないなあダイアナ。でも本当は奴らも根っからの悪人じゃないんだ。許してやってくれ」

 ドッチモさんは、この街も、この街に住んでいるみなさんも、愛していらっしゃるのですね。
わたしも、同じニューヨークの市民として、この街のみなさんが好きです。
こうしてみんな無事だったのですし。
そういえば、昴さんはケンタウロスを呼べと言ったきりで、警察を呼べとは言いませんでした。
昴さんも大河さんも、きっとまた、彼らの事を案じているのでしょう。

 ほっとしたら、わたしはさっきの事を思い出しました。
そういえば、大河さんと昴さんは、こっそりと頷きあって、反撃するタイミングもぴったりでした。
最初に言葉を交わした日本語は、ほんの一言でしたし、念入りに打ち合わせをする事は不可能だったでしょう。
どうやって意思の疎通をなさっていたのか、とても気になったんです。

 

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きっとボコボコ。

 

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