美しき日常 3

 

 「やあダイアナ、ここまで一人で来たのかい?」
演奏を終えた昴さんはまっすぐにわたしの方に歩いてきました。
大河さんもそれに気付いて驚いた顔をしています。
「あれ! 本当だ、ダイアナさん、どうしたんですか?」
「はい。その、たまたま近くを通ったもので……」
「ふうん」
もっと色々追求されてしまうかと思ったのですが、昴さんはそれ以上聞かずにいて下さいました。

 「なんだ、スバルの知り合いか」
ドッチモさんは、さっきよりもなお親しげな様子になり、笑ったときに見える歯がまぶしく輝いています。
「彼女はダイアナ。シアターの女優だ。ダイアナ、彼はドッチモ。ミュージシャンだよ」
「あらためてよろしく。女優さんだったのか。なるほどね。綺麗なお嬢さんが来てたんで驚いたよ」
「よろしくおねがいします」
握手をすると、てのひらがとってもやわらかく、印象と違っていたのでなんとなく意外な感じがしました。
だってドッチモさんは、お顔も体もがっしりしていらっしゃったので。
「でもダイアナさん、どうしてここへ?」
大河さんに聞かれて、わたしはちょっと困ってしまいました。

 「――あの、サジータさんのおうちにちょっと」
本当はお二人を追跡してきたのですけれど、さすがにそうは言えません。
サジータさんには申し訳ないのですけれど、彼女に用事があることにしましょう。
幸い、サジータさんの事務所はすぐ近くですし。
「ああ、サジータさんのとこに行く所だったんですね。昴さん、ぼく、ダイアナさんを送って来ます」
よかった。大河さんは、わたしの言葉をすぐに信じてくださったようです。
「わかった。行っておいで」
昴さんはにこやかに、わたしと大河さんを送り出してくれました。

 再びお店の外に出て、わたしは大河さんと二人で街を歩きます。
「……ごめんなさい大河さん、せっかくデートの途中だったのに」
「ええ?! なんでデートって知ってるんですか?!」
道すがら、わたしがうっかりそう言うと、大河さんは大慌てになってしまいました。
その様子もとても可愛らしいのですが。
「ご一緒に演奏していらっしゃったから。そうかなって思ったんです」
「えへへ、演奏、聴いてくれたんですね。どうでした?」
「とっても素敵でしたよ。お二人の息がぴったりとあって……」
そう。本当に、息がピッタリでした。
まるで二人の為に作られた曲のようで。
「そういえば、あれはなんて曲なのですか?」
聞いてみると、大河さんは顎に指をあてて首をかしげます。
「曲名ですか? まだついていないんじゃないかな」
「え?」
「あの曲、ドッチモさんが、ぼくたちにって作ってくれたんですけど、この前完成したばっかりなんです」
まあ、では、本当にお二人の為に作られた曲だったのですね。
どうりであんなにぴったりと息をあわせて演奏できるはず。
ドッチモさんは、お二人の事をとっても理解していらっしゃるのですね。

 わたしがそう言うと、大河さんは照れたように頭を掻いて、
でもまだまだ練習しないと、あちこち間違ったりするのだと、そうおっしゃいました。
そんな風に語り合いながら歩き、もうすこしでサジータさんの事務所につくという頃、わたしはふと横に逸れる路地に目をやりました。
「あら、あれ……」
壁に、鮮やかな朱色で大きくラクガキが。
「ああ、ケンタウロスのマークですね」
大河さんが路地に入り、わたしもその後ろをついていきます。
「マークは知っていましたけれど、壁に書かれているのを直に見るのは初めてです。わたし」
雄々しく立派な、それはラクガキではあるけれど、なぜか安心できる雰囲気でした。
サジータさんは、このマークをシンボルにしている、ケンタウロスというチームのリーダーだったんですよね。
きっと、苦労の中でも、やりがいのあるお仕事だったのでしょう。

 わたしと大河さんが、そのマークをしばらく見ていると、大通りの方から数名の男性がこちらに近づいてくるのが見えました。
大河さんはとっさにわたしを後ろに隠すように立ちはだかってくれました。
不自然にならないように、身構えすぎないように、なにげなく、移動した風を装って。
そのまま男性たちが通り過ぎたならよかったのですが、彼らはわたし達の一歩手前で止まってしまったんです。
「おやおや、かわいらしいお子様たちが、こんなところで何をしているのかな」
その中の一人が、わざとらしく舌なめずりをして大河さんの前に。
大河さんは相手にせず、道の反対側へと、わたしの腕を引き歩き出したのですが、
驚いたことにその反対側にも2名の男性が現れたのです。
大河さんは立ち止まり、壁側にわたしを押しやって、自分が前に出ます。
「ぼくたちは通りかかっただけです。何も問題を起こしたくない。そこをどいてください」
凛とした、きっぱりとした口調でそう言って、まっすぐに、自分よりもずっと大きい男性を睨みつけていました。

 「ははは! かわいらしいお姫様が何か言ったぞ」
お姫様、と言われて、大河さんの肩が震えるのが一瞬見えました。
かわいらしいという、その男性のお言葉には、わたしも実は賛成なのですが、もちろん今はそんな場合ではありません。
「……おい、二人とも逃がすなよ、どっちも上玉だ」
誰かが小声で囁いた言葉は、わたしたちにもはっきりと聞こえました。
「ダイアナさん、合図したら大通りの方の3人をひきつけますから、すぐに走って、マーキュリーに行って下さい」
「でも」
「ぼくは大丈夫です」
躊躇いなく、自信に満ちた声。
確かに、大河さんはとっても強く、わたしがいてはかえって足手まといになる事もわかっています。
でも。
考えている間にも、5人はどんどん輪をせばめてきます。
「走って!!」
とん、と背中を押され、わたしは必死の思いで大通りに向かって走り出しました。

 

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大河をかわいいなーと、一番思っているのはダイアナさんじゃないかと。

 

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