美しき日常 1

 

 「ああ、なんて気持ちの良いお天気なのでしょう」
わたしはつい声に出してそう言ってしまいました。
やわらかな日差しの中、自分の足で歩く紐育は本当に素敵です。
石畳の感触を確かめるようにして、一歩一歩、楽しみながら歩くんですよ。

 今日、わたし、ダイアナは、ドールハウスの材料を買いに、一人、街を散策しています。
車椅子に乗っていたころは、想像もできなかったような自由な日々。
実現しない夢だと思っていたのに、わたし、あんまり嬉しくて時々目が回ってしまいます。

 以前から行ってみたいと思っていた、街角の小さな手芸やさん。
少し遠いのだけれど、今日はそこまで歩いてみたんです。
お店の中は、思っていた通り、とってもかわいらしくて、欲しいものが沢山。
どれを買おうか迷ってしまいます。
いっぺんに買ってしまったら、またこのお店まで歩く楽しみが減ってしまうから、ひとつか、ふたつだけ買う事にしましょう。
ショーウインドウに飾られていた小さなお人形の椅子。
あれにしようかしら。
わたしは、透明なケースに入ったその小さな椅子を手に取って、細かな細工を眺めました。

 ふと、外の景色が目に入り、通りの向こうを歩いている二人に気付いたのはそのときです。
「あら」
思わず声が出てしまいました。
「うふふ……」
とってもかわいらしい二人が、微笑みかわしながらニコニコと歩いて行くではありませんか。

 わたしは買い物を中断し、急いでお店を出てしまいました。
だって、あの二人が外でデートしている様子を見るのは始めてだったんですもの。
お買い物は逃げないけれど、お二人は見失ってしまいます。
このチャンスを逃すわけには行きません!

 あの二人。
九条昴さんと、大河新次郎さん。
二人とも日本人で、大河さんは男性だけれど、女性の格好も似合うとてもかわいらしい方。
九条昴さんは性別を秘密にしていらして、男性のように凛々しい時もあれば、
少女のようにかわいらしい時もある、とっても素敵な方です。
わたしはお二人の交際を心から応援しているのですが、お二人ともなかなかわたしの前では愛し合っている様子を見せてはくれません。

 一度だけ、夜半に二人仲良く、私の部屋を訪ねてくれたことがありました。
あの時、大河さんはプチミントさんの格好をしていらして……。
ああ、思い出しただけでもくらくらしてしまいます。
本当にお似合いのカップルでいらしたんですよ。
大河さんがもし、プチミントさんの姿でいらっしゃる方が自然な状態ならば、わたし、いつでも医学的アプローチのお手伝いをするつもりなんです。
だって、本当にかわいらしいのですもの。

 あっ、つい、思い出にふけってしまいました。
今は昴さんと大河さんのあとを追わなくては。
見つからないように、少し後ろを気をつけながら追いかけたのですが、
お二人はかなりゆっくりとしたスピードで歩いていらして、わたしのような歩くことが苦手な人間にも、
普通に歩いていてはたやすく距離が詰まってしまいます。
気をつけて、一定の距離を保ち、二人の表情が見られるギリギリの場所から見守りました。
あ、昴さん、笑ってる。
なんて幸せそうに……。

 どんな会話をしているのか、とても気になったのですが、これ以上近寄ると、きっと昴さんに見つかってしまいます。
昴さんは、とっても人の気配に敏感だから、油断をしてはいけません。
わたしは街路樹になりきったつもりで、時折立ち止まりながらついて行きます。
お二人は路を歩きながら、ショーウィンドウの他愛のない飾り付けについて指を指して語り合ったり、
時折みつめあっては微笑みあい、そんな風にしながら、ゆっくり、ゆっくりと進んで行きます。
そういえば、どこに向かっていらっしゃるのでしょうか。
こっちはシアターの方向とも違いますし、昴さんや大河さんのお家の方角とも違います。
もしかしたら、ハーレムに行かれるのでしょうか。

 実は、わたしはまだひとりでハーレムに行った事がありません。
サジータさんのおうちや、教会にはなんどかお伺いしましたが、いつでもどなたかと一緒でした。
ハーレムに独特の荒廃した雰囲気が、ちょっとだけ怖かったんです。
それに、サニーおじさまも、ひとりでハーレムに行っては危険だよ、と、言ってらっしゃったし。
これからお二人がハーレムに向かわれるのなら、わたしはあとをつけるのをやめたほうが良いかもしれない……。

 お二人はやはりハーレムに向かっているようでした。
段々人通りが少なくなり、あと一本小道に入ってしまえば、もうそこはハーレムです。
そろそろわたしは戻らないと、と、思ったその時。
目の前で、素晴らしい光景が。
昴さんと大河さんが、一瞬目を見交わしたと思ったすぐあと、そっと手を繋いだんです。
どちらともなく、まるでそれが決まりごとだったかのように、しっかりと。
そしてそのまま、ハーレムへの小道へ入ってしまわれました。

 わたしは、ほんの何秒か、胸に手をあて立ち止まりました。
やっぱり、ちょっとだけ、ハーレムが怖かったんです。
でも……。
見失わないうちに、わたしは小走りで二人を追いかけました。
あのお二人が、ハーレムでどう過ごすのか、どうしても知りたかったんです。

 

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