叔父の訪問 9

 

 昨日大河自身が言っていたように、今日彼は、彼の叔父である大神に改めて僕を紹介してくれた。
シアターでの仕事が終わった後のことだ。
簡素なレストランを大河はいつのまにか予約していてくれた。
その一角で、僕達は穏やかな時間を過ごしたんだ。

 僕と大河は並んでテーブルに着いた。
大河は相変わらず少し緊張した面持ちで敬愛する叔父を上座に迎え、
椅子を引いて僕を先に着席させてくれた。
このささやかな時間の為に、彼はきっと大変な出費をしたはずだった。
豪奢なレストランではなかったけれど、それでもフルコースには違いないし、
3人分ともなれば、大河にとっては厳しい出費だったはず。
でも大河はずっと嬉しそうだった。
僕を、大事な人だと、彼は本当にそう紹介してくれた。
「よかったな新次郎、昴君を大事にするんだぞ」
叔父に言われ、大河は居住まいを正して力強く頷いた。
僕も、そんな彼が心から愛しかった。

 レストランにいたのは2時間ほどだったが、そのほんの短い時間が素晴らしい思い出になった。
大河が隣に居てくれて、僕を大事だと、そう言ってくれたから。
もしも、もしも本当に彼が日本に戻ってしまっても、
僕は彼を待ち続けられる。
何年経っても、この想いは変わらないと。そう確信した。

 

 だから、この会合のあとの数日間、僕はいつ大河か大神に、
大河が帝都に帰ることになったと伝えられるのかと恐々としていた。
どんな風に告げられても、きちんと対処しようと気を張っていたんだ。
けれどもついに明日大神が戻るとなったその日にも何も伝えられず、段々腹が立ってくる。
あいつ、何も言わずに去ってしまうつもりなのか!
みんなにも、僕にも、誰にも告げずに。
そんな勝手は許さない。
僕は、君に言いたい事が沢山ある。
いつまでも待っている、
だから必ず帰ってくるように、と。
そして君が好きだと、改めてきちんと伝えたい。

 

 なのに大河は何も言ってこない。
少なくとも表面上、大河はいつもと変わらずに過ごしていた。
今日も終わりが近づいている。
「おつかれさまでしたー!」
なんて言って、シアターの作業員に手を振ったりして……。
もう我慢できない。
僕の方から切り出そう。そう決意して歩き出した時、廊下の脇からひょっこりと大神が顔をだした。

 「ああ、昴君、ちょっといいかな」
「僕はいま……」
大河に話が、そう言おうと思ったのだが、肝心の大河はもう、とうに視界から消えていた。
「……少しならかまわない」
大神から切り出されるよりは大河に直接話して欲しかったのだが……。

 大神は僕を楽屋へ連れて行った。
「君には色々と心配かけたけど、俺は明日……」
「明日、大河をつれて帰るのだろう」
僕は彼の言葉を遮った。
「なのに誰も僕に知らせに来ない。今更遅すぎるんじゃないか?!」
段々感情が昂ぶってしまう。
大神はそれを見て困惑した表情だ。
「実はね、昴君……」
「大河もあなたも勝手だ! このまま黙って日本へ帰るつもりだったのか!」
「それなんだけど」
大神は僕を落ち着けようと、僕の肩に両手を乗せる。
僕はそれを乱暴に振り払った。
大河以外の人間に気安く触れられたくない!

 大神は一瞬驚いて、ますます苦笑を深くする。
「実は、新次郎に断られたんだ」
「断られた? 断られたって……なにを……」
何も断るものなどないはず……。
「ものすごく怒ってね、叱られたよ。ぼくは子供じゃありませんって」
ははは、と大神はほがらかに笑った。
「3日粘って説得したけど駄目だった。縛って帰る訳にもいかないし、あいつ、強情なとこだけ姉さんに似てるんだ」
困ったような笑顔だったが、それでもその表情には大河に対する愛情があった。
僕はわけがわからず、大神の顔を見返す。
「大河は帝都に……帰らない……?」
「うん。帰りたくないのじゃなくて、紐育にいたいんだって言っていたよ」

 僕は大神の言葉を呆然と聞いていた。
この数日間、僕が危惧したり覚悟を決めたり、やきもきしていた事柄が全部、頭の中をぐるぐると回る。
僕は楽屋を飛び出した。
背後から大神が静止しようとする声が聞こえる。
そんな物にかまっていられなかった。
大河に直接話をきかなければ。

 

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昴さんの知らない所でやっていた。

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